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あのとき、3人で笑ってた理由をまだ知らない  作者: れいじ


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第10話「はじまりと、止められなかった気持ち」

第10話です。


今回は、3人の「はじまり」の話。


大学1年の頃、どこでどうやって仲良くなったのか。


思い出してみると、はっきりしたきっかけはなくて、気づけば一緒にいた——そんな関係だったのかもしれません。


そしてその曖昧な始まりと対照的に、今回は関係が大きく動く回でもあります。


何気ない日常の中で、ひとつの言葉が空気を変えてしまう。


そんな瞬間を描いています。

九月に入っても、暑さはまだ少し残っていた。


夏休みが終わりきる前の、どこか中途半端な空気。大学の周りにはまだ休みの延長みたいな緩さがあって、でももうすぐまた日常に戻るんだろうなという気配もあった。


その日の午後、三人は大学近くのカフェにいた。


珍しく店内は空いていて、窓際の席に座ると外の光がやわらかく差し込んでくる。


「ていうかさ」


アイスコーヒーのストローを回しながら、玲が言った。


「俺らって、いつからこんな仲良かったんだっけ?」


「急だな」


陸が言う。


「なんで今その話?」


「いや、なんとなく」


玲は笑う。


「最近ちょっと思ったんだよ。最初からこんな感じだったっけって」


美咲も少し考えるように視線を上げた。


「どうだったっけね」


「それがもう危ないよな」


玲が言う。


「三人とも記憶あいまいすぎる」


「玲が一番あやしいけどね」


美咲が言うと、玲は「いやいや」と首を振った。


「俺はちゃんと覚えてる。たしか大学一年の新歓で、俺が二人に話しかけたのが始まり」


「え、そうだっけ?」


美咲がすぐに反応する。


「そんな堂々と言うほど確かなの?」


「確かだって。たしか軽音の新歓」


それを聞いて、陸は少しだけ笑った。


たしかに軽音サークルだったのは覚えている。


四月の終わりだったか、五月の頭だったか。新歓の空気がまだ残っていた頃、友達に誘われるまま顔を出したのがきっかけだった。


音楽が特別得意なわけじゃなかった。


でも、何かサークルには入っておいた方がいいんだろうなと思っていた時期だったし、軽音なら見学だけでも気楽そうだった。


教室の中は思ったより人が多くて、先輩たちはみんなやたら明るかった。


玲は、その中心にいた。


「いや、俺あのとき普通に話してたからな」


玲が得意げに言う。


「新入生の中で一番場に馴染んでた」


「それはあるかも」


美咲が笑う。


「玲、最初からずっと玲だった気がする」


「だろ?」


「でも、玲が私たち二人に話しかけたかって言われると微妙」


玲が「なんでだよ」と不満そうな顔をする。


陸は少し記憶を辿る。


最初にちゃんと目に入ったのは、美咲の方だったかもしれない。


新歓の教室の隅で、周りのテンションに少しついていけてない感じで、それでも愛想よく笑っていた。目立つタイプではなかったけれど、やけに印象に残る人だった。


一方で玲は、目立たないわけがなかった。


誰とでも話して、先輩にも平気で冗談を返して、初対面なのに最初からそこにいたみたいな顔をしていた。


「たしかさ」


美咲が記憶を探るように言う。


「最初は玲が一人で喋ってて、それを私と陸がちょっと離れたところで見てたんじゃなかった?」


「え、俺そんな野生動物みたいな扱いだったの?」


「ちょっと面白かったし」


「ひど」


陸もその光景は少し覚えていた。


玲が先輩たちに混ざって妙に盛り上がっていて、美咲がそれを見て笑っていた。たまたまその近くに自分もいて、何となく同じものを見ていた。


たしか、最初の会話はそこからだった気がする。


「玲って、最初からああなんだね」


美咲が小さく言って、


陸が「たぶんそうなんじゃない」と返した。


その会話に、玲本人は気づいていなかった。


「え、じゃあ俺関係ないじゃん」


玲が言う。


「いや、きっかけは関係あるでしょ」


美咲が笑う。


「玲があそこで目立ってなかったら、たぶん私と陸も話してなかったし」


「じゃあ結局、俺のおかげじゃん」


「すぐそうなる」


玲は満足そうだった。


でも実際、完全に間違っているわけでもないのが悔しい。


たぶん玲がいたから、三人の距離は変に固まらなかった。もし美咲と陸だけだったら、もっとゆっくりした関係になっていたかもしれないし、そもそもそこまで仲良くならなかったかもしれない。


玲は、考える前に人との距離を縮める。


それができるから、三人は“なんとなく”一緒にいるようになった。


「そのあとって、何がきっかけだったっけ」


陸が珍しく自分から聞く。


玲はすぐに答えた。


「俺が二人を学食に誘った」


「絶対違う」


美咲が即答した。


「そんなドラマみたいな感じじゃなかったよ」


「いや、でも飯は食っただろ?」


「食べたけど、もっと流れだったと思う」


「流れ?」


「帰り道が一緒だったとか、講義が同じだったとか」


美咲はそう言って笑う。


「気づいたら三人でいること増えてた、みたいな」


「それ」


陸も小さくうなずいた。


思い返してみれば、本当にそんな感じだった。


最初に三人で遊んだ日がいつだったのかも、今となってははっきりしない。サークルのあとにだらだら残って話した日があって、気づけば一緒に帰るようになって、いつの間にか講義の合間にも会うようになった。


誰かが明確に「仲良くなろう」と言ったわけじゃない。


ただ何となく、一緒にいるのが自然になった。


「なんかいいな、それ」


玲が笑う。


「ちゃんとした始まりがないの」


「普通は困る言い方だけどね」


美咲が言う。


「でも、私たちらしいかも」


その一言に、陸は少しだけ胸の奥がざわつく。


私たち。


玲も含めた、その言い方は自然だった。


自然すぎて、今の自分には少し痛い。


花火大会の夜から、陸の中に何かが残っていた。


玲が無意識に美咲の手を取った一瞬も、美咲がそれを当たり前みたいに受け止めた顔も、何度も思い出してしまう。


あれだけで何かが決まるわけじゃない。


わかっている。


でも、何もしないままこのまま三人でいるのは、もう前よりずっと苦しかった。


「じゃあさ」


玲がまた言う。


「最初に一番仲良くなったの誰と誰?」


「なにその質問」


美咲が笑う。


「いや、気になるじゃん」


「気になる?」


「こういうの、本人たちの認識ズレてることあるし」


玲は面白がっていた。


本当にただの雑談として。


でも陸にとっては、その質問は笑い飛ばせるものじゃなかった。


「たぶん玲じゃない?」


美咲が言う。


「誰とでもすぐ話すし」


「ほら見ろ」


玲が得意げにする。


「やっぱ俺が中心人物なんだよ」


「自分で言うなよ」


陸はそう返したけれど、笑いは少しだけ固かった。


中心人物。


そうなのかもしれない。


この三人の空気を作ってきたのは、ずっと玲だった。


楽しい方へ引っ張ってくれるのも玲で、気まずい空気を壊してくれるのも玲で、考えすぎる前に笑わせてくれるのも玲だった。


だから美咲が玲の方へ引かれていくのは、たぶんすごく自然なことなんだろうと思う。


その自然さが、陸には怖かった。


会話はそのあともしばらく軽く続いた。


軽音サークルの新歓で出た微妙な唐揚げの話とか、玲がなぜか先輩に気に入られていた話とか、美咲が最初はサークル名を少し間違えて覚えていた話とか。


笑える思い出ばかりだった。


今の三人につながる、やわらかい過去。


でもその明るさの中で、陸だけがずっと落ち着かなかった。


このままではだめだと思っているのに、何をどうしたらいいのかわからない。


わからないまま時間だけが過ぎていく。


店を出た頃には、外はすっかり夕方になっていた。


九月の風は八月より少しだけやさしくて、でもまだ夏の名残を持っている。


「じゃあ俺、あっちでちょっと用事あるわ」


玲がスマホを見ながら言った。


「え、今?」


美咲が聞く。


「うん。サークルのやつに呼ばれた。十分くらいで済むと思うけど、二人先行っててもいいよ」


「どうする?」


美咲が陸を見る。


「……いや、待つ」


陸は答えた。


玲は「悪いな」と言いながら、手を振って通りの向こうへ走っていった。


残されたのは、美咲と陸だけだった。


こういう二人きりの時間は前にもあった。


でも今日は、空気が全然違う。


玲がいないだけで静かになる。それはいつものことだ。でも今日は、その静かさが妙に重い。


「なんか、玲らしいね」


美咲が少し笑う。


「急に呼ばれて行くの」


「まあな」


陸は短く答える。


そこから言葉が続かない。


人通りのある歩道、夕方の街、信号の音。周りは普通に流れているのに、自分だけが少しずつ追い詰められていくみたいだった。


美咲が何か言おうとして、でもやめる。


その一瞬が、逆に陸の中の何かを押した。


「美咲」


気づけば呼んでいた。


「ん?」


振り向いた美咲の顔は、いつも通りだった。


それが余計に苦しい。


「俺さ」


そこで言葉が詰まる。


こんなふうに言うつもりじゃなかった。


もっと落ち着いて、もっとちゃんと、何か順番を考えて伝えるつもりだった。


でも、今ここで言わなかったら、たぶんまた何も言えなくなる気がした。


「……美咲のこと、好きだと思う」


声に出した瞬間、自分でも少し遅いと思った。


“好きだ”じゃなくて、“好きだと思う”。


あまりにも中途半端で、でもそれが今の精一杯だった。


美咲は目を見開いて、何も言わなかった。


風が少しだけ吹く。


遠くで車の音がする。


ほんの数秒の沈黙が、長すぎるくらいに感じる。


「ごめん」


陸はすぐに続けた。


「今言うつもりじゃなかったっていうか……いや、言うつもりではあったけど、こんな感じじゃなくて」


何を言っているのか、自分でもよくわからなかった。


ただ、もう引き返せないことだけははっきりしていた。


美咲は少しだけ視線を落として、それから小さく息をついた。


「……そっか」


その一言は、拒絶ではなかった。


でも、答えでもなかった。


「急に言われても困るよね」


陸が言うと、美咲は首を横に振った。


「困るっていうか……」


そこでまた言葉を探すように黙る。


「ちゃんと考えたい」


陸は何も言えなかった。


その答えがどういう意味なのか、すぐにはわからなかったからだ。


ただ、少なくとも完全に終わったわけではない。


それだけで、少しだけ救われる自分がいた。


「ごめん」


もう一度、陸は言った。


「……ううん」


美咲は小さく笑った。


困ったような、でもやさしい笑い方だった。


そのとき、向こうから玲の声が飛んできた。


「おーい、待たせた!」


二人はほとんど同時に振り向く。


玲が手を上げながら、いつもの調子で戻ってくる。


「何、二人ともそんな静かにしてんの?」


その一言で、空気が一気に現実へ戻る。


「別に」


陸が答える。


美咲も「ちょっと待ってただけ」と笑う。


玲は少しだけ不思議そうな顔をしたけれど、すぐに「じゃ、帰るか」と言った。


それだけで、また三人の形が戻る。


でも、もう同じじゃない。


玲は何も知らない。


今この数分で、何かが決定的に変わったことを。


三人で並んで歩き出す。


距離も会話も、見た目にはいつも通りだった。


けれど陸の中では、もう後戻りできないところまで来てしまっていた。


始まりは、たぶん曖昧だった。


なんとなく仲良くなって、なんとなく一緒にいるようになって、気づけば三人になっていた。


でも、終わりや変化は、たぶん曖昧なままでは来ない。


誰かが言葉にした瞬間に、


それはもう、前と同じではいられなくなる。

第10話を読んでいただきありがとうございます。


この回では、「なんとなく始まった関係」と「はっきり言葉にされた気持ち」を対比させています。


・玲の作る自然な距離感

・美咲の曖昧なバランス

・陸の抑えきれなかった想い


これまで保たれていた“3人の形”が、ここで初めて崩れ始めます。


特に陸の「好きだと思う」という言い方は、確信と迷いが混ざった、とても不安定な感情の表れです。


そして玲は、まだ何も知らないまま。


この“認識のズレ”が、これからの物語の大きな軸になります。


次回は、その変化がじわじわと表に出てくる回。


これまで通りの会話の中に、違和感が混ざり始めます。


引き続き読んでいただけると嬉しいです。

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