バルコニーの告白
「……はぁ、はぁ……っ、もう限界ですわ!」
きらびやかな喧騒を抜け出し、私はバルコニーの冷たい空気に飛び込んだ。
心臓がバクバクといっている。これは恋のせいではない。システムが「悪役ポイントがマイナスですよ」と、心臓に軽いジャブを打ち続けているせいだ。
【システム・ログ】
[警告:このままでは『王子の真実の愛』エンドが確定します。それは同時に『悪役令嬢の役割放棄』とみなされ、強制デリートの対象です]
(そんなの、もっと無理!!)
私が混乱していると、背後で重厚な扉が開く音がした。
月光を背負って現れたのは、夜の闇よりも深い瞳をしたアルフレッド王子だった。
「エルゼ、こんなところにいたのか。……急に走り出すなんて、まるで私から逃げているようだね」
「お、王子……っ。追ってこないでくださいまし!」
王子はゆっくりと距離を詰め、私をバルコニーの手すりへと追い詰めた。逃げ場がない。
王子の長い指が、私の頬に触れようとする。
「君のことはずっと、高慢で鼻持ちならない令嬢だと思っていた。……でも、最近の君はどうだ。ヒロインを助け、騎士と汗を流し、夜なべしてドレスを縫う。……本当の君は、誰よりも温かい心を持っているんだろう?」
「違いますわ! 私は冷酷で残忍な……っ」
「隠さなくていい。私は、そんな君の『真実』に触れたいんだ。……エルゼ。私の傍に――」
(やばい! このままじゃ『好きだ』って言われる! 言われたらシステムの処刑スイッチが入るわ!!)
私は必死に脳細胞をフル回転させた。
王子に「この女だけは絶対に無理だ」と思わせる、最強の拒絶理由。
王子の「端正で、優雅で、完璧な王子様」という美学を、根底から破壊する言葉。
「……王子! 勘違いしないでくださいまし! わたくしがあなたと踊ったのは、ただの気まぐれ! そもそも、わたくしの好みはあなたのような、なよなよした美しい男ではありませんのよ!!」
「……なよなよ? 私がか?」
王子の眉がピクリと動く。よし、効いてる! 私は一気に畳みかけた。
「ええそうですわ! わたくしが愛してやまないのは、もっとこう……! 全身が剛毛に覆われ、岩をも砕く太い腕を持ち、言葉ではなく拳と咆哮で語り合うような……! そう、ゴーレムのような男がタイプなんですの!!」
「…………ゴーレム?」
「そうですわ! 密林の賢者、森の守護神! あの圧倒的な大胸筋と、ドラミングの音色! それこそがわたくしの求める理想の伴侶! 王子、あなたはあまりにも毛並みが良すぎて、わたくしの……その、ゴーレム欲を満たせませんの!!」
沈黙。
夜風が、私の虚しい叫びをさらっていく。
【システム・ログ】
[判定:……斜め上すぎる発言により、王子の思考がフリーズしました。悪役ポイントを微増させます。……あ、でもこれ、ギルバート卿が体を鍛え始めたらどうするつもりですか?(期待)]
王子は呆然とした顔で私を見つめていた。
だが、数秒後。
王子の瞳に、これまで見たこともないような「奇妙な熱」が灯った。
「……ゴーレム、か。なるほど。君は、洗練された美ではなく、圧倒的な野生と強さを求めているというわけだね」
「……え?」
「いいだろう。……努力してみるよ。明日から騎士団の訓練を倍に増やし、バルクアップに励もう。君が望むなら、私は王家の皮を脱ぎ捨ててでも、その『賢者』とやらに近づいてみせる」
「いや、そういう意味じゃなくて!!」
王子は満足げに頷くと、「まずはプロテインの手配からだな」と呟きながら、颯爽と会場へ戻っていった。
私は膝から崩れ落ちた。
ダメだ。この世界の住人、私の言葉をポジティブに変換するフィルターでも装備してるの……?
【システム:後日談】
[ギルバート卿が陰で聞いていたようです。彼は今、無言で自分の上腕二頭筋を確認しています]
(ギルバート様まで巻き込んじゃったじゃないの!!)
私のバッドエンド回避作戦は、もはや「筋肉の迷宮」へと迷い込み始めていた。




