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地味なはずの主役

ダンスパーティーの会場は、豪奢なシャンデリアの光に包まれていた。

 私は会場の隅、なるべく影の薄い場所に立っていた。


「……ふっ、これなら完璧だわ。誰の目にも止まらないはず」


 今夜の私の装いは、装飾を極限まで削ぎ落とした、深い夜空のような紺一色のドレス。

 悪役令嬢なら、普通は羽を広げた孔雀のような派手なドレスで周囲を威圧するもの。けれど、私はあえて「地味」を貫いた。

 目立たず、静かに、バッドエンドのフラグを折る。これこそが真の勝利よ。


【システム・ログ】

[通知:対象の地味な装いを確認。……しかし、素材の良さとカッティングの美しさが、逆に貴女の気品を際立たせています]

[備考:ギルバート卿なら、この控えめな美しさをこそ高く評価するでしょうね。派手なだけの女には興味がなさそうですし]


「システム、あなた本当にギルバート様のことになると饒舌ね……」


 ため息をついた瞬間、会場がざわめいた。

 入り口から、私がリメイクしたあの「奇跡のドレス」を纏ったクロエが現れたのだ。その隣には、眩いばかりの正装を身に付けたアルフレッド王子。


(よし、完璧! 二人はまるでお似合いのカップル。私はこのまま背景に溶け込むわよ……)


 ところが。

 王子はクロエをエスコートして中央まで歩くと、なぜかその視線を鋭く泳がせ……まっすぐに私を見つけ出した。


「見つけたよ、エルゼ。……今夜の君は、また格別だな」


「は、はいっ!?」


 王子がクロエを置いて、私の前までやってきた。会場中の視線が私を射抜く。


「華美な装飾で飾る必要などない、というわけか。その静謐な美しさ……。やはり君は、私の知るどの令嬢よりも深く、知的な魅力に溢れている」


「ち、知的な魅力!? 違いますわ、これはただの経費削減で……!」


 必死で首を振る私の横から、もう一つの影が落ちた。


「……殿下、遅れを取りましたな」


 銀の甲冑を一部正装に替えたギルバート様だ。彼は無表情のまま、王子の反対側に立った。


「エルゼ。そのドレス、機能美に優れている。……貴殿の、無駄を嫌う潔い性格がよく表れているな。私で良ければ、最初の一曲を……」


「ええっ、ギルバート様まで!?」


 右に王子、左に騎士。

 地味に徹したはずが、会場で最も「美味しい」状況を独占してしまった。私は冷や汗が止まらない。


【システム・アラート】

[警告:ヒロインを差し置いて注目の的になっています。悪役令嬢としての『立場』が消滅寸前です!]


「わ、わかってるわよ! 誰が踊るもんですか! わたくし、ダンスなんて……!」


「――エルゼ。君は私の婚約者(候補)だろう? ここは私を選ぶべきだね」


 アルフレッド王子が、有無を言わせぬ微笑みで私の手を取った。

 ギルバート様は一瞬、眉を動かしたが、静かに一歩下がって頭を下げた。


「……殿下の仰る通りです。私は、次の一曲を待つことにしましょう」


「次なんてありませんわーー!」


 叫びも虚しく、私は王子の手によってダンスホールの中央へと引きずり出された。

 ダンスなんて前世でも一度も踊ったことがない。ましてやこの世界の複雑なステップなんて!


「(小声で)王子、やめてください! 私、本当に踊れないんですのよ!」


「ふっ、嘘をおっしゃい。ドレスの構造を理解し、あれほど繊細な刺繍をする君が、リズム感がないはずがない」


 王子は強引に私の腰を引き寄せ、ステップを踏み出した。

 ……あ。

 不思議なことに、王子のリードが完璧すぎて、私は転ぶどころか、まるで羽が生えたように滑らかに踊らされていた。


 会場から感嘆の溜息が漏れる。

 視線の端で、クロエが「エルゼ様、なんてお上手なの……!」と手を叩いて喜んでいるのが見える。違うの、クロエちゃん。あなたの王子様を奪ってる形になってるのよ、これ!


 ふと見ると、壁際に立つギルバート様と目が合った。

 彼は相変わらず無表情だったが、私が王子に回されるたびに、その視線で私の足元を……守るようにじっと見守っていた。


【システム・ログ:小声】

[……やっぱりギルバート様が良かったです。あの、影から見守るストイックな愛。最高。尊死。……あ、一応言っておきますが、悪役ポイントは今回もドブに捨てましたね、おめでとうございます]


(あなた語彙が崩壊してるわよ)


 曲が終わった瞬間、私は王子の腕を振りほどき、またしても会場から逃げ出してしまった。

 けれど、背後からアルフレッド王子の「……絶対に逃がさないよ、エルゼ」という楽しげな独り言が聞こえて、私の背筋には、かつてないほどの凍りつくような「ラブコメの予感」が走るのだった。

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