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深夜の裁縫地獄

明日は、学園主催のダンスパーティー。

 このイベントは、悪役令嬢が「ヒロインのドレスを汚す、あるいは破く」ことで、彼女が王子のジャケットを借りる羽目になるという王道の胸キュンイベントが発生するはずの場所だ。


【システム・ログ】

[ミッション:ヒロインのドレスを『着用不能』な状態にせよ]

[推奨ルート:深夜の控室に潜入し、ハサミを使用してください]

[備考:ギルバート卿なら、隠密行動も完璧にサポートしてくれそうなのですが]


「システム、一言多いわよ。……でも、やるしかないわ」


(人が命を賭けてるって時に……。うーん、ダンボールは……必要ないわよね。変装は返って見つかった時に面倒だし……)


 私は深夜、人影のない学園の更衣室へと忍び込んだ。

 目指すは、ヒロイン・クロエのネームプレートが貼られた衣装箱。


(なにこの、いけない事してる犯罪的緊張は……。私はただ死にたくないだけなのに……)


 私は震える手で箱を開けた。そこにあったのは、お世辞にも「公爵家主催のパーティー」に相応しいとは言えない、質素で型落ちの、しかも所々がほつれた淡いピンクのドレスだった。


「……え、何これ。これがヒロインのドレス?」


 胸が痛んだ。

 戦争の影響で没落寸前男爵令嬢である彼女の家計では、これが精一杯だったのだろう。それなのに、彼女はこのボロ……年季の入ったドレスを愛おしそうに眺めていたのを思い出した。


「こんなボロボロをさらにボロボロにするなんて、そんなの……人の皮を被った悪魔の所業よ!」


 しかし、システムは容赦ない。私はハサミを握りしめ、ドレスの裾に刃を向けた。


(ドレスを切れば、私の命は紡がれる……。でも、もし……大切な形見だったら……。はぁ、はぁ……いや、そんな設定は無かったわね。お? いや、待って。「着用不能」にすればいいのよね?)


 私の脳内で、前世で趣味だった「ぬいぐるみ衣装製作」の知識が急速に回転し始める。

 このままハサミを入れれば、彼女は明日、恥をかいて泣くことになる。

 けれど、もし。

 もし、このドレスを「元の形がわからないほど」バラバラに分解して、私の私物であるシルクやレースを足して、全く別の「歪なドレス」に作り変えてしまったら?


「元々のドレスは消滅するわけだかし、実質『着用不能』よ。……そうよ、これこそがシステムと言葉の穴をついた悪役令嬢の高度な知的嫌がらせですわ!」


 私は独自解釈理論武装を完了すると、魔法の鞄から裁縫道具一式を取り出した。


 深夜二時ぐらい。

 私は無心でミシン(の代わりの魔導式裁縫機)を回し、手縫いで細かな刺繍を施していた。


ふと疲れて、窓の外に目をやると、大きな黒い猫?が私をじっと見ていた。

魔物? でも凄く可愛い。

私が魔導式裁縫機を止めて、再び窓を見ると、そこにはもう猫はいなかった。

窓を開けてみるも、どこにも姿はなかった。

疲れてたのかな? まあ、この世界には色々な魔物がいるだろうし、気にするほどでもないか。


「見てなさいクロエ……! 明日、あなたがこのドレスに袖を通した瞬間、あまりの歪さに周囲から注目されすぎて、緊張で一歩も動けなくしてやるんだから!! 結果泣き崩れると」


【システム・ログ】

[状況確認:対象はドレスを徹底的に解体中。……悪意の解釈を『創造的破壊』に適用します]

[備考:深夜に集中するあなたの横顔も素敵ですが、ギルバート卿の鎧を磨く姿にも通じるストイックさを感じますね]


「今、忙しいのよ! その口も縫い合わせるわよ」


 私は夜なべをした。

 ただの嫌がらせのはずが、気づけばクロエの瞳の色に合わせたリボンを編み込み、王子のエスコートに映えるよう計算されたドレープを作り上げていた。職業病みたいなものなの……がくっ……。

 

 明け方。

 そこには、朝露に濡れた花のような、幻想的で気品溢れる傑作が出来上がっていた。

n?

「……やり遂げたわ。もう疲労で頭が。これを箱に戻して、私は立ち去るのよ」


(私のアンティークなコレクションの一つが盗まえれた、 とか何とか言えば適当に言えばいいわ)


 私はふらふらの足取りで、完成したドレスをクロエの衣装箱へ押し込んだ。

 「前のドレスがない!」と彼女が絶望する顔を想像しようとしたが、あまりの眠気に「喜んでくれるといいな」という本音が漏れそうになり、慌てて口を塞いだ。


 そして当日、パーティー直前の更衣室。

 私は「さあ、絶望なさい!」と高笑いする準備をして、クロエが着替えるのを柱の陰から見守っていた。


「……あれ? 私のドレスが……ない?」


 クロエの困惑した声。よし、計画通り!

 だが、彼女が箱の底から、私がリメイクしたドレスを引き出した瞬間。


「……っ!? な、何、これ……。綺麗……。妖精の贈り物みたい……!」


 クロエの瞳が、宝石のように輝き出した。

 私はその影で、ガッツポーズを隠しながら「おーっほっほっほ!」と呟いた。


「どうです、クロエ! 前のボロいドレスは消えて無くなりましたわ! これこそがわたくしの……」


「エルゼ様!!」


 着替えを終えたクロエが、天使のような姿で私に飛びついてきた。

 あまりの勢いに、私は背後の壁に激突する。


「このドレス、裏地にエルゼ様の家の紋章と同じ刺繍の癖があります! すぐにわかりました! 私のために、一晩でこんなに素敵な魔法をかけてくださったんですね!?」


「な、ななな……っ!? 違うわ、それは……証拠を残して優越感に浸るための嫌がらせよ!」


 必死の弁解も虚しく、クロエの尊敬の眼差しは止まらない。



 私は真っ赤になって叫んだが、パーティーの幕は無情にも、最高の(最悪の)盛り上がりと共に上がろうとしていた。

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