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心の救済者

誰もいない旧図書室の片隅。埃にまみれた静寂の中で、私の嗚咽だけが冷たい石壁に反響していた。

視界は涙でぼやけ、心はシステムの嘲笑によってズタズタに引き裂かれていた。


「……もう、嫌。消えてしまいたい……」


絶望の淵でそう呟いた時、暗闇から静かな足音が近づいてきた。

いつもなら耳障りなシステムの通知音が鳴るはずなのに、なぜか世界はひどく静かだった。


「――エルゼ」


聞き覚えのある、低く理知的な声。

顔を上げると、そこには漆黒のローブを纏ったルカ・ヴァレンタインが立っていた。

彼はいつもの不遜な態度を見せず、ただ静かに、泣き崩れる私のすぐ傍に腰を下ろした。


「ルカ……っ」


私は慌てて、無様に溢れる涙を手の甲で拭った。彼にだけは、こんな弱った姿を見せたくなかった。


「……いま、あなたの解析に付き合う気分じゃないの。出てって。……放っておいてちょうだい!」


顔を背け、突き放すような声を絞り出す。

だが、ルカは一切表情を変えなかった。片眼鏡の奥にある灰色の瞳は、かつてないほど真剣に、まっすぐ私だけを射抜いている。


ルカは無言のまま、懐から古めかしくも荘厳な意匠の魔導具を取り出した。彼が指先で術式を起動させると、淡い蒼光が私たち二人を包み込む。


その瞬間、耳元で鳴り響いていた「あの声」が――システムの悍ましい嘲笑が、ピタリと止んだ。


「……え?」


私は驚き、目を見開いてルカを見つめた。

思考を侵食していたノイズが消え、世界に本当の静寂が戻っている。


「……通信を遮断した。今の君の声は、あの『悪魔』には届かない。……そして、あの歪んだ囁きも君には届かない」


ルカは穏やかな、けれど確信に満ちた声で語り始めた。


「君は本当はとても繊細で、誰よりも優しい人間だ。……私は最初から知っていたよ、エルゼ。君が誰にも見えない場所で、どれほど必死に周囲の人間を救おうとしていたか。……そして、あの悪魔に翻弄されないために、どれほど無謀な演技を続けていたかも」


「……ルカ、あなた……何を……」


「私は噂など信じない。目に見える事象の裏にある、真実の因果だけを信じている。……密かに独自に調べていたんだ。君に干渉している『システムの存在』。君の魂を縛る不可視の術式。……証明するのに時間がかかってしまった。すまない。でもあいつ(システム)騙した(演技)甲斐はあった」


彼の言葉が、冷え切っていた私の心に、じわりと温かな熱を灯していく。

溢れ出してきたのは、もう悲しみの涙ではなかった。

誰にも理解されない孤独な戦いの中で、たった一人、自分の真実を見抜き、証明するために動いてくれていた人がいた。


「あ……、あぁ……っ」


張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。

私は思わず、目の前のルカの胸に体を預けてしまった。


ルカは一瞬、戸惑ったように指先を震わせたが、すぐに私の背中に腕を回し、そっとハグをした。

大きな、温かい掌が、私の後頭部を優しく撫でる。


「……もう、一人で戦わなくていい。あんなシステムに、君の未来を決めさせはしない」


耳元で囁かれる、強く、頼もしい誓い。


「エルゼ。私が必ず、君を守ってみせる。……何があってもだ」


その腕の温もりに包まれながら、私は声を上げて泣いた。

それは、ようやく見つけた「本物の味方」に甘える、幼子のような涙だった。

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