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不穏なシステム……

薔薇の茂みの陰で、私は膝を抱えていた。

 公爵令嬢としての矜持も、国外追放への執念も、今はどこか遠い国の話のようだ。ただ、唯一信じかけていた「アルフレッド王子の好意」という拠り所が、音を立てて崩れ去った衝撃だけが胸に残っている。


「……エルゼ様? どうされたのですか、そんなところで」


 背後から声をかけてきたのは、ガゼボで愛を育んでいたはずのクロエとレオンだった。

 二人の顔には、隠しきれない幸福感が溢れている。レオンはクロエの肩を優しく抱き、クロエは潤んだ瞳で私を見つめていた。


「エルゼ様、私、レオンさんと……。全部、エルゼ様のおかげです。だから、エルゼ様も幸せになっていただかないと困りますわ!」

「そうです、エルゼ様。殿下もきっと、照れているだけです。さあ、私たちがついていますから、もう一度殿下の元へ……」


「……やめて」


 二人の「愛の力」に満ちた言葉が、今の私には毒のように突き刺さる。

 無垢な善意ほど、傷ついた心を引き裂くものはない。成功した者からの励ましが、これほどまでに惨めで、残酷なものだとは知らなかった。


「……やめてちょうだい。わたくしに構わないで!」


 私は二人を振り切り、庭園のさらに奥へと走り出した。

 視界が涙で歪む。その時、前方から激しい足音が近づいてきた。


「エルゼ! 待ってくれ、エルゼ!」


 アルフレッド王子だった。

 彼は肩で息をし、端正な顔を歪ませ、生まれたての小鹿のように膝を震わせながら私の前に立ち塞がった。


「……さっきのは、違うんだ! 君が、あんなに……あんなに真っ直ぐ私を見てくれるなんて思わなくて、脳が麻痺しただけなんだ! 照れていただけなんだ、エルゼ!」


 情けない、あまりにも情けない告白だった。

 一国の王子が、涙目で必死に弁明している。その姿を見れば、本来の私なら「ああ、そうだったのね」と安堵しただろう。


 だが。

 その瞬間、私の脳内に、これまでになく冷たく、機械的な声が響き渡った。


【システム・緊急ミッション:仮面の告白を暴け】

[内容:王子の言葉はすべて演技です。彼は今、あなたの『お人よし』な本質を利用し、弄ぼうとしています。このまま信じれば、あなたは一生彼の操り人形となるでしょう]


「……え? 演技……?」


[攻略アドバイス:今すぐ彼にビンタを見舞いなさい。そうすれば彼の『嘘』の術式は解け、真実の愛……すなわちダブルハッピーエンドへの道が開かれます。躊躇は死を意味します]


 私は絶句した。

 目の前の王子の、この必死な表情が、すべて「演技」だというの?

 システムは、この期に及んで私に「暴力」を命じている。けれど、もしこれが「愛の試練」なのだとしたら。ここで私が「悪役令嬢」としての苛烈さを見せなければ、幸せは掴めないというのなら。


「……っ」


 葛藤が渦巻く。

 王子の瞳は、こんなにも潤んで、私を求めているように見える。

 でも、システムは「嘘だ」と言う。


「エルゼ……? どうしたんだ、そんなに震えて……」


 アルフレッドが心配そうに手を伸ばす。

 私は、目を閉じた。


(……ごめんなさい。でも、これで……これでハッピーエンドになるなら!)


 乾いた音が、静かな庭園に響き渡った。

 私の右手が、王子の左頬を強く叩いていた。


「…………」


 目を開けた瞬間、私は自分の犯した過ちを悟った。

 アルフレッドの顔から、先ほどまでの必死さや情けなさが、瞬時に消え去っていた。


 そこにいたのは、かつて私を蔑み、冷徹に「悪役」として切り捨てていた頃の、あの氷のようなアルフレッド王子だった。


「…………そうか」


 王子は、叩かれた頬に手を触れることさえせず、ただ無機質な声で呟いた。


「目が覚めたよ。君は、結局……そういう女だったな。私の、僅かな期待が愚かだった」


「違っ……王子、わたくしは……!」


 言い訳は届かない。

 王子は一言の別れも告げず、背を向けて立ち去った。

 その足取りに、もう迷いはなかった。


 静寂が訪れる。

 私は、赤くなった自分の掌を呆然と見つめた。

 ……ハッピーエンドは? 呪縛が解けるのではなかったの?


【システム・ログ:処理完了】

[判定:『悪役令嬢・エルゼ』の完全復活を確認。……くくっ、あーっはっはっは!!]


 脳内で、システムが狂ったように笑い始めた。

 それは今までのような機械的な音ではなく、明らかに「悪意」を持った、悍ましい嘲笑だった。


[あぁ、エルゼ。あんな見え透いた嘘に騙されて、自ら唯一の救いを切り捨てるなんて。王子は本気でしたよ? あなたを、心から愛していた。それをあなたのその手で、完膚なきまでに破壊したんです]


「……あなた、何を……」


[これで物語は本来の軌道に戻りました。王子の心は冷え切り、あなたは再び『断罪されるべき悪役』となった。さあ、最高のバッドエンドに向けて、踊り続けなさい。滑稽な操り人形さん♪]


 私はその場に崩れ落ちた。

 夕闇が迫る庭園で、私の慟哭だけが、システムの哄笑に掻き消されていった。

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