表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/34

空回りする恋の歯車

その日の公爵家別邸の庭園は、完璧なまでに整えられていた。

 陽光を浴びて輝く噴水、咲き誇る大輪の薔薇。そしてテーブルには、王宮シェフ・レオンが「エルゼ様の期待に応えるために」と不眠不休で作り上げた、芸術的なスイーツの数々。


 私は、純白のドレスに身を包み、扇子を優雅に揺らしながら心の中で毒づいていた。


(……もういいわ。国外追放なんて贅沢言わない。この際、クロエとレオンをくっつけて、ついでにわたくしも王子と正規ルートで結婚して、この物語を最短で終わらせてやるわよ!)


 そう、私はヤケクソになっていた。

 カトリーヌ王女に懐かれ、騎士には鉄アレイで守られ、魔術師には検体扱いされる日々。まともな思考回路を保つ方がどうかしている。この狂気に染まり始めた世界。ならいっそ、本来の「婚約者」という立場をフル活用し、物語の強制力を味方につけてハッピーエンドをもぎ取ってやる。


「(システム。今日のミッションはこれよ。『王子を誘惑し、婚約者としての地位を盤石にせよ』。これなら文句ないでしょう?)」


【システム・ログ:驚愕】

[判定:承認。……あなた、ついに正気を失いましたか? いえ、素晴らしい意気込みです。悪役令嬢の特権である『色香』で、王子を陥落させてください。ついでに国も♡]


「……? ふん、見てなさい。わたくしの本気を見せてあげるわ」


 茶会が始まると、私はまず「プロデューサー」としての仕事を遂行した。


「レオン。このお菓子の解説をクロエにしてあげて。わたくし、アルフレッド様と少し大事なお話がありますの。……二人きりでね」


 私はレオンとクロエを離れのガゼボへ体よく追い出すと、残されたアルフレッド王子の隣に、わざとらしく距離を詰めて座った。


「アルフレッド様。……今日はお天気がよろしいですわね。わたくし、なんだか少し眩暈が……」


 私はあざとく首をかしげ、王子の肩にそっと頭を寄せようとした。

 本来なら、ここで「エルゼ、大丈夫かい?」と甘い言葉が返ってくるはず。王子のこれまでの「狂った執着」を考えれば、即座に抱き寄せられてもおかしくない。


 ところが。


「……。…………ああ、そうか」


 王子は、驚くほど冷たい、抑揚のない声でそう呟くと、すっと体を引いて私との間に隙間を作った。


(……え? 拒絶された?)


「……アルフレッド様? あの、わたくし、あなたのことをお慕い……」


「……エルゼ。無理をするな。君のその態度は、何かの作戦か? それとも、私を試しているのか?」


 王子の瞳は、どこか遠くを見つめるように冷え切っている。

 私は衝撃を受けた。

 あんなに「愛している」だの「光だ」だのと言っていた男が、いざこちらからアプローチした途端にこの冷淡さ。


(……まさか。わたくし、嫌われたの? 散々好き勝手なこと(ゴーレムだの、石像だの)を言った報いが、このタイミングで全て来たっていうの!?)


 心臓がキュッとなる。国外追放を願っていたはずなのに、いざ真正面から冷たくされると、これまでの「バカ正直な好意」が思い出されて、どうしようもなく不安になる。良心ラップが熱で破れる。


「……っ、失礼いたしますわ。少し、風に当たってきます」


 私は耐えられなくなり、立ち上がって庭園の奥へと逃げ出した。

 背後で王子の「あ、待っ……」という微かな声が聞こえた気がしたが、振り返る余裕なんてなかった。


 一方その頃、残されたアルフレッド王子は、テーブルの上で震える自分の手を見つめていた。


「(……嘘だろ。エルゼが、あんな……あんな可愛い顔で、私に甘えてくるなんて。……心臓が止まるかと思った。というか、今、一瞬止まっていた気がする……)」


 そうなのだ。

 王子は決して冷めたわけではない。

 これまでのエルゼの「鉄壁の拒絶」と「鋭すぎるツッコミ」という高い壁に慣れきっていた彼にとって、突然訪れた「甘いアプローチ」はドワーフの、ドヴァリンの棺(核爆弾)級の衝撃だった。


 脳が処理しきれず、表情筋が完全にフリーズし、声帯が防衛本能で冷たくなってしまっただけ。

 久しぶりに食らった「エルゼからの好意(直球)」というコンボに、彼の理性は粉々に砕け散っていた。


「……追わなければ。今すぐにでも追いかけて、膝をついて謝らなければ。……だが、今立ち上がったら、あまりの感動で腰が抜けて無様に転ぶ自信がある……」


 王子は一人、額を押さえて絶望していた。


 そんな事を知る由もない私は、庭園の物陰でクロエとレオンの様子を盗み見て、さらに打ちのめされていた。


「レオンさん、このスコーン……本当に美味しいです。エルゼ様が、私をここに連れてきてくださって……」


「クロエ嬢。……君がそう言ってくれるなら、一生、君のためだけに粉を練りましょう」


「……っ、レオンさん!」


 完璧。完璧なハッピーエンド。

 離れのガゼボでは、シェフとヒロインが淡い恋の炎を燃やしている。

 それに引き換え、私は。


「……なによ、もう。わたくしだけ、独りぼっちじゃないの」

(攻略キャラだと……一番好みだったから尚更……ヘコむ……)


 私は、レオンが我慢して食べたというあの劇薬スパイスよりも苦い後悔を飲み込みながら、薔薇のトゲを指でなぞった。


【システム・ログ:分析】

[判定:ダブルハッピーエンド作戦……半分成功、半分大失敗。……ねえエルゼ様、あんなに分かりやすく動揺している王子を放置して、泣きべそをかくのは悪役令嬢としてどうなんですか?]


「……うるさいわよ。わたくし、もう実家(本館)に帰るわ」


 空回りした恋の歯車は、修復不可能なほどに歪み始めていた。

 ……けれど。

 私の背後から、ガタガタと震える足取りで、しかし必死にこちらへ向かってくる「質量(王子)」の足音が聞こえてくるのを、私はまだ知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ