調理実習
翌日。学園の特別カリキュラムとして、生徒たちが王宮の厨房で調理を学ぶ「家庭科実習」が開催された。
普段はドレスで着飾る令嬢たちが、慣れないエプロン姿でキャアキャアと騒いでいる。その中心には、もちろんヒロインのクロエがいる。そして、彼女を指導するのは、他でもない王宮シェフのレオンだった。
私は、その光景を厨房の入り口から冷めた目で眺めていた。
【自作ミッション:調理実習の妨害】
[内容:ヒロインの料理に致命的な『毒』を盛り、彼女の評価を地の底に叩き落とせ]
[成功報酬:延命3日間]
「よし。承認されたわね。……ふふ、見てなさい」
私は、腰に下げた小瓶を指で弄んだ。
周囲には、アルフレッド王子、ギルバート副団長、そして片眼鏡を光らせたルカ様まで、なぜか「視察」という名目で集結している。彼らは私が何かをしでかすのではないかと、期待と不安の混じった視線を送ってきている。
(さあ、ここからが私の『悪役』としての腕の見せ所よ)
私は、クロエが丁寧に煮込んでいたスープの鍋に、毅然とした態度で近づいた。
「あら、クロエ。そんな間の抜けた顔で料理をしているなんて、王宮の厨房が汚れますわ。わたくしが、本当の『刺激』というものを教えてあげますわよ!」
「エ、エルゼ様!? ダメです、それはまだ……!」
私はクロエの制止を振り切り、懐から取り出した「紫色の粉末」を、これでもかというほど鍋の中に投入した。
「おーっほっほっほ! これであなたの料理は、誰も食べられない地獄の味になりますわ! これぞ、シュタイン家の秘伝……『深淵の劇薬』ですわよ!!」
周囲が騒然とする。王子が「エルゼ、まさか毒を……!」と叫び、ギルバート様が剣の柄に手をかける。ルカ様だけが「……ほう、未知の化学反応か」と身を乗り出した。
レオンが、険しい表情で鍋に歩み寄る。
「……エルゼ様。調理場を荒らす行為は、たとえ公爵令嬢であっても許されません。……味見をさせていただきます」
レオンが慎重に、スープをスプーンで掬い、口に運んだ。
一瞬の沈黙。
……次の瞬間、レオンの目が見開かれた。
「……これは……!?」
「フン、今更命乞いしても遅くてよ。さあ、彼女を不合格にしなさい!」
私は意気揚々と勝ち誇った。だが、レオンから返ってきた言葉は、想定外のものだった。
「……素晴らしい。この紫色の粉末は、極北の地にのみ自生する希少なスパイス……『スター・アニス』の最高級品を、さらに独自の手法で発酵させたものですね? この独特の苦味が、スープの甘みを極限まで引き立て、奥行きのある芳醇な香りに変えている。……クロエ嬢、君の努力と、エルゼ様のこの『魔法のひと振り』が合わさって、宮廷料理の歴史を塗り替える一皿になりました」
「……は?」
私は思わず、真顔に戻って固まった。
いや、あれは確かに、システムから「劇薬のような見た目のスパイス」として取り寄せた、超激辛・超激臭の素材のはず。それを「隠し味」として昇華させるなんて、レオン、あんたの味覚はどうなっているの。
【システム・ログ:成功判定】
[ミッション完了:ヒロインの料理に『毒』を盛ることに成功。悪役ポイントを加算します]
[備考:……あの、エルゼ様。あなたの作戦、またしても『感謝の対象』になっていませんか? クロエが涙を流してあなたに抱きつこうとしていますが]
「エルゼ様! 私のために、あんなに貴重なスパイスを惜しげもなく……! やっぱり私を、レオンさんに認めてもらうために……っ!」
「違うわ! 私はあなたの料理を台無しに……って、もういいわよ。勝手になさい!」
私は詰め寄るクロエを扇子で制し、さらに冷静さを取り戻して次の一手を打つ。
「アルフレッド様、ギルバート様。……そしてルカ様。あなたたち、いつまでそこに突っ立っているのですか? 職務を忘れて厨房を覗き見るとは、それこそ国家の恥ですわよ。さっさと持ち場へ戻りなさい。それとも、わたくしが無理やり追い出して差し上げましょうか?」
私は、王子たちの「エルゼ、なんて健気なんだ……」という心底うざったい感傷的な視線を、氷のような一言で切り裂いた。
「……ふん。システム、とりあえず首の皮は繋がったわね。でも、この『レオンの異常な味覚』は計算外だったわ。次はもっと、救いようのない嫌がらせを考えないと」
私は、賑やかな厨房の隅で、一人静かに次の「悪役(救済)計画」を練り始める。
システムに踊らされるのは、もう終わり。これからは、私がこの狂った世界の台本を書き換えてやる。
「……まずは、あの暑苦しい王子たちの視線を、どうにかして別の国にでも逸らしたいところね」
私の冷徹なツッコミは、もはや誰にも届かない高みへと昇華されつつあった。
後日、噂好きの取り巻き令嬢達から、レオンが我慢して食べていた事を聞いた。どうやら例の狂気クッキー事件を聞いていたみた。まあ両想いみたいで安心した。




