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厨房の聖域

「身分が足りなくて王宮の厨房に入れない? ……笑わせないで。わたくしを誰だと思っていまして?」


 私は、不安げにドレスの裾を握りしめるクロエを引き連れ、王宮へと続く重厚な鉄扉の前に立った。本来、男爵令嬢が日常的に立ち入れる場所ではないが、私には「シュタイン公爵家の令嬢」という最強の通行手形がある。


「公務の視察ですわ。どきなさい」


 氷のような一言で門番を黙らせ、私たちは潜入に成功した。目指すは、学園の昼食も担当している王宮料理班の奥。


 西日の差し込む厨房の片隅。そこには、仕事終わりの喧騒をよそに、一人で黙々と白い皿に向き合う青年がいた。

 王宮シェフ、レオン。

 無駄のない動きでソースを線状に引き、ピンセットで小さなハーブを添える彼の横顔には、王子たちにはない「地に足のついた色気」が漂っていた。


「……あ、あの、エルゼ様……私、やっぱり緊張して……」


「お黙りなさい。ここで引いたら、一生一生、胃袋を掴めませんわよ」


 私は震えるクロエを背中に隠し、ツカツカと彼の元へ歩み寄った。


「失礼。あなたがレオンかしら」


 レオンは驚いたように顔を上げ、すぐにプロらしい柔らかな微笑みを浮かべて深く一礼した。


「これは、シュタイン公爵令嬢。このような場所まで、一体どのようなご用件でしょうか。盛り付けの研究中でして、少し散らかっておりますが」


「構いませんわ。わたくし、最近『食』への関心が高まっていて。……いくつか、あなたのことを伺ってもよろしいかしら? 今後の晩餐会の参考にしたいのですの」


 私は扇子を広げ、冷徹な「事情聴取」を開始した。隣で心臓の音が聞こえそうなほど赤くなっているクロエの代わりに、質問を矢継ぎ早に叩きつける。


「まずは基本から。あなたの好きな食べ物は?」

「そうですね……。やはり素材の味が活きた、獲れたてのジビエでしょうか」


「好きな色は?」

「……食欲をそそる、鮮やかなオレンジや、清潔感のあるハーブの緑ですね」


「趣味は?」

「休日に城下町の市場を巡って、未知のスパイスを探すことです」


「休みの日の過ごし方は?」

「新しい調理器具の手入れか、山へ山菜を採りに行きます」


「苦手なものは?」

「……強いて言うなら、お世辞ばかりで料理を味わわない人間でしょうか」


「座右の銘は?」

「『一皿一魂』。最後の一口まで驚きを与えたい、と思っております」


 彼は手を止めることなく、芸術的なデザートを仕上げながら、愛想よく、しかし澱みなく答えていく。その淀みのなさは、彼がいかに自分の人生と職業を愛しているかの証左だった。


「……なるほど。いい回答ですわ。……クロエ、メモは取ったかしら?」


「えっ!? あ、は、はいっ!」


 後ろで必死に手帳に書き込むクロエを見て、レオンは不思議そうに目を細めた。


「……そちらのお嬢様は?」


「わたくしの……付き人、のようなものですわ。料理に興味があると言うので、見学させてあげましたの。……さあ、クロエ、あなたも何か聞きたいことはなくて?」


 私はクロエの背中を、バレない程度に強く押した。


【システム・ログ:感心】

[判定:完璧なプロデュースです。レオンの好感度は、あなたの『食への熱意』に刺激され、ポジティブな方向に動いています。……なお、王子たちは今、あなたの居場所を探して血眼になっていますが]


「(……あのバカ共は放っておきなさい。)」


 私はレオンの鮮やかな包丁捌きを見つめながら、確信した。

 この男、間違いなく「まとも」だ。王子や騎士とは違う。この恋を成就させれば、私の平和な国外追放エンドへの、これが最後のピースになるかもしれない。


「……レオン。近々、わたくしの別邸でささやかな茶会を開きます。あなたを指名してもよろしいかしら?」


 私は、悪役令嬢特有の不敵な笑みを浮かべた。

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