想定外の恋心
「……冷静に考えれば、わたくしが死ぬかどうかの瀬戸際で、物語の主役を放置しておくなんて悪役失格ですわね」
私は、自分にすり寄る男たちの喧騒を無視し、中庭へと向かった。
この学園のどこかにいるはずのクロエ。彼女が幸せになれば、この狂ったシナリオも正常化し、わたくしの国外追放フラグも盤石になるはず。
そう思って裏庭の物陰を曲がった時、不愉快な声が耳に飛び込んできた。
「あら、男爵令嬢。今日も素敵なドレスですこと。……エルゼ様に直していただいたんですって? 身の程知らずも甚だしいわ!」
数人のモブ令嬢たちが、クロエを囲んでせせら笑っていた。一人がクロエの肩を突き飛ばそうと手を伸ばした、その瞬間。
「――わたくし以外の者が彼女に触れるなんて、百万年早いですわ!!」
私の凛とした怒号が、庭園の空気を震わせた。
モブ令嬢たちが悲鳴を上げて振り返る。そこには、逆光を背負い、冷徹なまでの威圧感を放つわたくしが立っていた。
「エ、エルゼ様!? これは、その、わたくしたちは教育を……」
「黙りなさい。わたくしが手を入れた品、わたくしが目をかけている存在。それに指一本でも触れることは、シュタイン公爵家への宣戦布告と見なしますわ。……今すぐ視界から消えなさい。二度とわたくしの前にその醜い顔を見せないことね」
「ひっ……!」と短い悲鳴を上げ、彼女たちは一目散に逃げ去っていった。
後に残されたのは、目を丸くして立ち尽くすクロエだけだ。
「……大丈夫かしら、クロエ。あんな低俗な者たちの相手をするなんて、時間の無駄ですわよ」
「エルゼ様……! また、助けてくださって……!」
「勘違いしないで。わたくしの獲物を横取りされるのが嫌なだけですわ。……さあ、行きなさい。ランチに付き合わせてあげますわよ」
私は彼女を連れ、学園の最上階にある、限られた高位貴族しか立ち入りを許されない「悪役令嬢専用・空中庭園席」へと向かった。
テーブルに並ぶのは、色鮮やかな前菜と最高級の紅茶。
先ほどまでの狂気(王子や騎士たち)が嘘のように静かな空間で、わたくしはクロエに向き直った。
「……それで。実際のところ、あなたはどうなんですの? あのバカ共……いえ、王子やギルバート様、あるいはあの変態魔術師。誰か気になる方はいないの?」
私は探りを入れた。彼女が誰かと結ばれれば、わたくしへの執着も分散されるはず。
しかし、クロエは頬を赤らめ、もじもじとティーカップをいじり始めた。
「その……。殿下や皆様は、とっても素敵だと思います。でも、私が本当に胸を高鳴らせてしまうのは……別の方なんです」
「……なんですって?」
私の動きが止まる。
王子でも騎士でも魔術師でもない? 隠しキャラの存在は知っていたが、一体誰に……。
「……王宮シェフの、レオンさんです。私が厨房の裏で迷っていた時に、焼きたてのスコーンを分けてくださって……。その、お料理への情熱と、優しい眼差しが忘れられなくて……」
「…………」
王宮シェフ。
それはゲームにおける「シークレット攻略対象」。最も難易度が高く、そして最も平和なルートの男。
【システム・ログ:驚愕】
[判定:想定外のルート分岐を確認。ヒロインの好感度が王宮シェフへ全振りされています]
[管理者より:……これ、王子たちが知ったら、王宮の厨房が物理的に更地になりませんか?]
「(……なりそうね。確実に。)」
私は真顔で、クロエの恋の告白を聞き流すフリをした。
ヒロインが、攻略対象のトップ三人を差し置いてシェフに恋をしている。……これは、わたくしの国外追放計画にとって追い風なのか、それともさらなる混沌の幕開けなのか。
「……いいでしょう、クロエ。わたくしが、その恋、プロデュースしてあげますわ」
私は冷めた目で、しかしどこか楽しげに、新たな「悪役計画」を練り始めるのだった。




