集団狂気と、囁かれた「正体」
私が現場の廊下に辿り着いた時、そこは既に「学園」ではなく「奇怪な宗教の儀式場」と化していた。
「殿下……! たとえあなたが言葉を失い、苔むす岩になろうとも、私はその岩に咲く一輪の花として一生寄り添い続けますわ!」
クロエが、石化した王子の足元に跪き、聖女のような祈りを捧げている。
対する王子は、相変わらず虚空を見つめたまま「……ああ、心地よい。私は今、地球の重力と一体化している……」と、重低音で不気味に共鳴していた。
そこへ、背後から地響きが迫る。
「殿下。岩の修行ならば、このギルバートがお供しましょう。……見てください、この八トンの巨岩。これこそが真の『硬度』です」
ギルバート様が、もはや建物の強度計算を無視したサイズの巨岩を片手で担いで現れた。床がミシミシと悲鳴を上げ、砂埃が舞う。
「……待って。ツッコミが追いつかない。何なの、この地獄絵図は」
私はこめかみを押さえ、真顔で天を仰いだ。
ヒロインは狂信的な愛に目覚め、王子は鉱物へと進化し、騎士は物理攻撃力を極めようとしている。
常識という名の概念が、私の目の前で粉々に砕け散っていく。
【システム・ログ:興奮】
[最高。最高です。ギルバート卿の広背筋が岩の重みで……]
「もうダメだ……。まともな人がいなくなってしまった……」
私が絶望のあまり叫ぼうとしたその時、廊下の温度がふっと下がった。
「……騒々しいな。ここは知の殿堂であって、石材置き場ではないのだが」
冷ややかで、どこか退屈そうな声。
現れたのは、漆黒のローブを纏い、片眼鏡の奥で灰色の瞳を光らせる青年――王宮魔術師、ルカ・ヴァレンタインだった。
彼は指先を軽く振るう。
「『鎮静』、並びに『感情の凍結』」
瞬間、場を支配していた異様な熱気が消失した。
クロエは「はっ」として顔を上げ、ギルバート様は岩をそっと下ろし、王子は瞬きをして「……私は何を?」と呟き、人間としての意識を取り戻した。
「殿下、並びに騎士団副団長。公務と訓練の混同、そして校舎の損壊はいただけませんね。……後の説教は教員たちに任せるとして、速やかに解散を」
ルカの有無を言わさぬ論理的な物言いに、毒気を抜かれた三人は、困惑しながらもその場を去っていった。……クロエだけが、名残惜しそうに私に手を振っていたが、無視した。
「……はぁ。助かったわ。魔術師様々ね」
私は安堵し、図書室へ向かおうと彼の横を通り過ぎる。
その瞬間だった。
「――エルゼ・フォン・シュタイン」
すれ違いざま。ルカが、周囲には決して聞こえないほどの小さな、しかし心臓を掴むような声で囁いた。
「……君の『正体』は、わかっている」
私は氷を背中に流し込まれたように硬直した。
彼は私を見ず、片眼鏡を指で押し上げながら言葉を続ける。
「バラされたくなければ、昼食後、西の庭園へ来てくれ。……面白い話をしよう」
彼はそれだけ言い残し、翻るローブと共に去っていった。
【システム・ログ:緊急事態】
[警告:未知の干渉を確認。王宮魔術師ルカが、あなたの『転生者』としての魂の波長を感知した可能性があります]
[管理者より:……これ、バレたら本当に崖かもしれませんよ?]
「……わかってるわよ。崖どころか、解剖されるかもしれないわね」
私は震える指先を隠すように扇子を握りしめ、青ざめた顔で庭園へと向かう決意を固めるのだった。




