表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/34

小さな狂気

翌朝、学園の廊下で私は「それ」に遭遇した。


「……私は岩だ。私は石だ。私は、ただそこに存在するだけの質量である」


 虚空を見つめ、微動だにせず呟いているのは、この国の第一王子アルフレッド殿下だった。

 滝行の成果か、肌は青白く冷え切り、表情筋は一ミリも動いていない。その姿はまさに、意思を持たない彫像――あるいは、昨日私が適当に口にした「ゴーレム」そのものだった。


「……バカなの? 貴重な王位継承者が、廊下の真ん中で何してんのよ」


 私は扇子で顔を隠しもせず、真顔で吐き捨てた。

 周囲の生徒たちは「殿下が究極の精神統一を成し遂げられた!」「なんて崇高な無欲の境地……!」と涙を流して感動しているが、私の目には正気を疑う光景にしか映らない。


【システム・ログ】

[状況:ターゲットが完璧に『無機質』へと進化しました。おめでとうございます。フラグを折っていくゴーレムスタイルですか? これ、あなたが望んだ姿ですよね? 理想の男性像とのご対面、いかがですか?]


「煽らないで。理想なわけないでしょ、黙りなさい。……はぁ、胸焼けがするわ」


 私はそのまま立ち去ろうとした。

 しかし、私の「歩く良心」が、無慈悲にブレーキをかける。

 ……あんなアホな状態になったのは、私の嘘のせいだ。もしこのまま彼が本当に石になって公務を放棄したら、この国の未来が危うい。それは巡り巡って、私の平穏でマシな「国外追放ライフ」を脅かす。王子より質の悪い輩が……。


「……仕方ないわね。元に戻してあげますわ」


 私は冷めた目で、石像と化した王子の前に立った。


「王子、聞こえていますか。わたくしです。あなたの嫌いな悪役令嬢、エルゼですわ。ほら、わたくしのドレスに泥でも投げたらどうです? 怒りで人間性を思い出してくださいまし」


「…………私は、風に侵食されるのを待つだけの岩石だ」


「返事がさらに哲学的になってるじゃないの。……システム、何か有効な刺激はないの?」


【システム:提案】

[物理的刺激、あるいは『強い感情の揺さぶり』が有効かと。ギルバート卿に彼を粉砕(稽古)してもらうのはいかがでしょう?]


「物騒なこと言わないで。……こうなったら、力業よ」


 私はそこから一時間、あらゆる「人間性回復作戦」を試みた。

 王子の耳元で「実はわたくし、隠れて子猫にミルクをあげてますの!」と秘密の善行を暴露してみたり、彼の鼻先に最高級のステーキをぶら下げてみたり、挙句の果てには「ゴーレムよりも、やっぱり知性のある人間の方がマシな気がしてきましたわ!」と前言撤回までしてみた。


 しかし、王子は揺るがない。

 「私は……苔の生すまで……動かない……」と、もはや時をかける石になろうとしている。


「……もう、無理。わたくしの語彙力と良心が限界よ」


 私は冷たい石(王子)の肩を叩き、すんとした顔で告げた。


「王子。勝手になさい。あなたが石になろうが土に還ろうが、わたくしの知ったことではありませんわ。……さよなら、ただの質量さん」


 結局、自分には無理だと悟った。

 他人の人生に責任を持つなんて、悪役令嬢の領分ではない。私は踵を返し、優雅に、かつ迅速に現場を放棄することにした。


 ……だが、私が立ち去った直後。

 「質量」だったはずの王子の瞳が、わずかに揺れたことに私は気づかなかった。


【システム・ログ】

[通知:王子の『悟り』にヒビが入りました。]


「…………この学園、やっぱり一度滅びた方がいいんじゃないかしら。薄々感じてたけど、潜在的な狂気を感じるわ……」


 私は独り言をこぼしながら、明日の予習のために図書室へと向かった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ