第30話 振り返り
絶対に落とす音洲さん――。
思えば俺は、これまでその言葉の意味を深くは考えてこなかった。
学年で一番可愛いと言われるルックスに、誰が相手でも分け隔てなく接してくれる明るい性格。
そんな音洲さんだから、誰からも好かれて当然だろうと安直に納得していたのだ。
でもそれは、あくまで客観的な評価。
隣の席同士となり、休日までも会うような仲になった今、俺は未だに音洲さんのことを真に理解できていないのではないかと思えてきたのだ――。
まだ音洲さんを知らなかった頃、色んな逸話を耳にしてきたことを思い出す。
・男子達の可愛い子ランキングで、唯一の殿堂入りしている。
・中学時代、学年の半分の男子を恋に落とした。
・告白の行列ができたことがある。
などなど。
音洲さんを実際に見るまで、最初は全く信じておらずただの冗談だと笑っていた。
しかし、入学して数日が経った頃。
たまたま廊下で音洲さんの姿を見つけて、俺は一目見て納得してしまったのだ。
彼女が噂の音洲さんだと知らされるより先に、モデル界隈でも滅多に見ないレベルの美少女が同じ高校の制服を着て歩いていたのである。
そのあまりの特別さに、俺もつい目を奪われてしまったことは今でも覚えている。
もちろん、中には尾ひれの付いた噂話も当然含まれているだろう。
しかし、そんな噂話が生まれてしまうこと、また本来はあり得ないことでも音洲さんなら本当なんじゃないかと思えてしまうことを、俺は一目見て納得してしまったのだ。
……とは言っても、彼女とはクラスが違えば、そもそも俺は異性と交わるつもりもない。
故に、彼女とはたまたま同じ学校に通っているというだけで、今後卒業まで関わる事なんて無いだろうと高を括ってきたのだ。
ただ同じ学校の同じ学年に、特別な美少女がいる。
それ以上でもそれ以下でもないのだと――。
しかし、俺と音洲さんは校内の注目度を浴びるとともに、周囲からは「ほこたての関係」と呼ばれるようになった。
本人同士は全く関わりがないのに、周囲が謎の期待を高めていく……。
それから高校二年にあがり、俺は音洲さんと同じクラスメイトとなった。
そして、何の巡り合わせか隣の席同士になり、今ではプライベートでも会うことだってある近しい存在にもなった。
だからもう、客観的ではいられない。
そして俺は今、一つの変化に直面している。
それは、音洲さんという特別な存在を前に、俺自身も強い影響を受けていることだ。
それこそ、これまで頑なに守ってきた自分ルールを崩してしまう程度には……。
だから俺は、音洲さんのことをもっと知りたいと思う。
可愛いとか、いるだけで場を明るくしてくれるとか、そういう表面的なことではなくもっと本質的に――。
相手を拒むとか、誰かと距離を置くのは簡単だ。
これまでそうしてきたからこそ、俺はその楽さを知っている。
だから今回も、ただ自分から蓋さえ閉じてしまえば済む話なのかもしれない。
……でも俺は、音洲さん相手にそうはしたくなかった。
何故なら他でもない、俺自身がそうすることを本心で拒んでいるからだ。
他の子なら、きっと有り得なかっただろう。
相手が音洲さんだから、俺はもっと知りたいと興味を持ってしまっているのだ。
その結果、どう転ぶのかなんて先のことは分からない。
もしかしたら、悪い結果になってしまうことだってあるだろう。
それでも俺は、知ることから逃げようなんて思わない。
だってこれは全て、俺自身の選択の結果なのだから。
これまでの俺は、常に誰かから感情を一方的に向けられる人生だった。
だからこそ、こうして自分で何かを選択できることに価値がある。
そのうえで、後悔先に立たず。
一度こうして選択する以上、俺は最後までやり遂げる主義だ。
隣の席で居られる今こそ、音洲さんを知れる絶好のチャンス。
だからこれからは、これまでより積極的に音洲さんのことを知れるように頑張ってみようと心に誓うのであった。




