第29話 次の日の学校
月曜日がやってきた。
今日からまた、長い一週間が始まる。
いつも通りの通学路を歩き、いつも通り学校へと向かう。
最初は慣れなかったこの通学路も、気付けば自分の中での当たり前へと変わっている。
季節は春を過ぎ、差し込む朝の陽ざしは夏の訪れを感じさせる。
ついこの間二年生に上がったばかりな気がするが、新緑眩しい景色の変化は時の変化を気付かせる。
当たり前に変わっていくものと、当たり前が変わっていくこと。
それは季節や景色だけではなく、自分自身にも起きている。
俺はずっと、自分自身にルールを課してきた。
それは自分自身のためなのはもちろん、関係するみんなのためだとも思ってきたし、別にそれが間違っているとは今でも思っていない。
……でも別に、取り得る選択肢は一つではないのだ。
さらに言えば、ルールそのものが不要な場合だってある。
けれど今までの俺は、他の可能性が存在するという発想がなかった。
だから自分の選択が全てで、それが最善だと結論付けていた。
というか、そもそも考えようともしていなかったのだ。
いつも事なかれ主義で、他人に期待もしない。
そのうえで自分さえ気を付けていれば、物事は全て上手くいく。
そんな、全てを自分の中で閉ざした考え方が、気付かぬうちにしっかりと根付いてしまっていたのである。
別にそれが間違っているとは思わないが、我ながらつまらない考え方をしていたなと思う。
そう思えるのは、他でもない音洲さんのおかげ。
彼女のいつも明るく前向きな性格に、多分俺も引っ張られているのだと思う。
明るい性格だけで言うなら、街頭するのは光雄や他の友達の中にも沢山いる。
それでも、音洲さんだけがここまで俺に影響を与えているのは、他でもない俺と音洲さんが似た者同士だからだろう。
同じ境遇のはずなのに、自分とは真逆とも言える前向きな振る舞い。
それはある意味、皆の言うとおり矛と盾の関係なのかもしれない。
だからこそ俺は、そんな音洲さんに憧れに近い感情を抱いているのだと思う。
異性に対して、こんな風に感じたことなんて一度もなかった俺にとって、その全てが新鮮に映っているのだ。
今日もまた、音洲さんに会える――。
その楽しみだけで、また今日から始まる一週間も楽しみに思えてくるのであった。
◇
教室へ入ると、今日もいつも通りクラスメイトの女子達に囲まれる。
以前なら苦痛に感じられていたけれど、今では他愛のない会話を楽しむ程度の余裕が生まれている。
ちなみに音洲さんはというと、まだ席に姿はない。
今日も朝練だろうかと、俺は会話をしながらも隣の席のことが気になってしまう。
「あ、おはよー姫花」
「うん、おはよー」
そして暫くすると、教室の端の方から音洲さんの声が聞こえてくる。
男女問わず、クラスのみんなと元気に朝の挨拶を交わす、いつもと変わらない音洲さんの明るい声。
「南光くん? どうかした?」
「ああ、ごめん。そろそろ始業の時間だしいいかな?」
「あー本当だ。じゃ、またねー」
俺の一言で、みんな席から離れていく。
本当はまだ時間に余裕はあるが、みんなも空気を読んでくれたのだろう。
きっとみんなは俺の元へ、好かれるために集まっている。
だから基本的に、俺の要望は素直に聞き入れてくれるのである。
というわけで、これで俺も自由の身。
ちょうど隣の席へ着席した音洲さんと、バッチリと目が合ってしまう。
「おはよう、音洲さん」
「お、おはよう南光くん」
とりあえず挨拶をしてみると、目を泳がせながら少しぎこちなく挨拶を返してくれる音洲さん。
何故そんな反応なのかは分からないが、ぎこちない姿がちょっと可笑しくて思わずクスリと笑ってしまう。
「あっ! 今、笑った!」
「笑ってないって」
「嘘だ、絶対に笑ったよ!」
何だか、音洲さんとはいつもこんなやり取りをしている気がするな。
でもおかげで、音洲さんも自然体になれているみたいだし、結果オーライということにしておこう。
「それで、えっと……昨日はありがとうね」
「え? ああ、こちらこそ」
「……また分からないところがあったら、聞いても良い?」
周囲に聞かれないように、囁くように聞いてくる音洲さん。
この広い教室内で、そんな二人だけのやり取りが少しこそばゆく感じられる。
俺が頷くと、音洲さんはぱぁっと花開くような笑みを浮かべる。
そんな反応も新鮮で、何だか恥ずかしくなってくる。
「ふふ、隣の席が南光くんで良かった」
「それは、どういう意味で?」
「えへへ、秘密だよ」
理由を教えてくれない音洲さんに、俺は完全にペースを乱されてしまう。
こんな風に意識してしまう異性なんて初めてだから、こういう場合どういう反応をすれば良いのか分からない。
絶対に落とす音洲さん――。
それが、この学校で呼ばれる彼女の二つ名。
忘れかけていたが、他の誰とも違う特別な何かがあることを、俺は改めて分からされるのであった。




