不可思議(BeE)
「そこに立ち入り祈りを捧げると寿命を奪われる」
――そんな噂を聞いたことがあるだろうか。 あるいは「祈りを捧げれば願いが叶う」という話もある。
矛盾する二つの逸話を同時に抱える、ある神社の奥。
オカルト研究会の私たちは、そこに目をつけてしまった。
私の名前はヒマリ。私立南沢高校の一年生で、オカルト研究会に所属している。
といっても大げさな活動はしていない。怪談を語り合ったり、放課後に怪しい心霊スポットを調べたり、せいぜいその程度のゆるい部活だ。
部員は私を含めて四人。
強引でリーダー気取りの三年の先輩・瀬川。
皮肉屋で冷静な三年の先輩・三谷。
そして私の一学年下で、無邪気で好奇心旺盛な後輩・リツコ。
ある日、瀬川先輩が唐突に言った。
瀬川「なぁ、お前ら、“祈れば願いが叶うけど寿命を奪われる場所”って知ってるか?」
私もリツコもぽかんとする。三谷先輩だけが鼻で笑った。
三谷「また怪談のネタか?」
背側「違ぇよ。俺たちの先輩が実際に行ったんだよ。で、“100万円欲しい”って祈った。……そしたら四日後に心筋梗塞で死んだんだ」
リツコ「怖っ……!」
リツコが声を上げる。
瀬川「でもな、死んだら保険金が家族に降りた。数百万だけど、金は手に入った。……どうだ?願いは叶ってるだろ?」
私の背中に冷たいものが走った。
本当に、そんな話……?
瀬川「今夜、行ってみようぜ」
瀬川先輩はあっさり決定した。
私「は?いや、無理だって」
私は慌てて否定する。
リツコ「行こうよ!絶対面白いって!」
三谷先輩は呆れ顔で「くだらん」と言いながらも、結局付き合うことになった。
真夜中。神社の境内は昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。
石段を登り、古びた賽銭箱の前に立つ。瀬川先輩が懐中電灯をかざしながら、口角を上げた。
瀬川「左だ。ここだよ」
賽銭箱の左手に、確かに小さな未舗装の道が伸びていた。参拝者が入るはずのない、草木に覆われた獣道。
私「うわ……これ、ホントに行くの?」
私がためらうと、三谷先輩が鼻で笑った。
三谷「ビビってんのか」
私「そりゃ怖いに決まってるでしょ!」
リツコ「まぁまぁ!行こうよ行こうよ!」
リツコは無邪気に先を行く。
私たちは後戻りできないような気分で、その暗い道に足を踏み入れた。
神社の灯りがもう見えなくなった頃、木々が途切れ、視界がぱっと開けた。
私「……!」
月明かりに照らされた円形の石畳。その周囲を取り囲むように六体の石像が立っていた。
それはガーゴイルにも鬼にも見える、異形の悪魔像。どれも喜怒哀楽を歪に混ぜ合わせたような顔をしていて、不気味な笑いと泣きが同居していた。
石畳の中央からは、言葉にできない圧が滲み出ていた。
瀬川「ここか……!」
瀬川先輩の声が興奮で震える。
私「マジでやばいって……!」
私は必死に制止するが、瀬川先輩は聞く耳を持たなかった。
三谷「じゃあ俺が祈る!」そう言って中央に進み出ると、彼は静かに目を閉じた。時が止まったような沈黙。やがて彼は虚ろな目を開け、無言で神社の方へ歩き出した。
私「先輩!?」
慌てて追いかける。だが、数歩進んだはずの背中は、もうどこにもなかった。消えたのだ。
恐怖に駆られた私は、リツコの手を引いて逃げ出した。
だが「戻るのは無茶だろ!」と言い張る瀬川先輩がしつこく追ってくる。必死に走るうち、握っていたサトルの手がふっと消えた。
私「リツコ!?……リツコ!!!」
振り返っても誰もいない。
取り残された私の死角から1本ずつあの石像がじりじりと囲んでいた。6体全て揃った時、その目が光を放つ。私は反射的に目をつぶった。
次に目を開けたとき。石像はすべて消え、代わりに六本のイチイの木が立ち並んでいた。枝には赤い実が鈴なりに輝き、ざわざわと夜風に揺れていた。
コツ、コツ……
背後から足音がした。振り返ると、少女のようでも少年のようでもある中性的な青年が立っていた。
月光に照らされたその顔は、どこか人間離れした美しさを帯びている。
彼は大きく溜息をつき、掴んでいた瀬川先輩の体に軽く触れた。
次の瞬間――肉体は果物にほどけ、地面に十数個散らばった。青年はそのひとつを拾い上げ、無造作に口へ運ぶ。果汁が滴り落ち、月明かりに黒々と光った。
???「……こんなに貰っても要らないよぉ」
恐怖と混乱のあまり、私は口をついてしまった。
私「要らないの?」
???「そうなんだよぉ。こんなに食べ物があっても、今は満腹だから要らないんだよぉ」
私「じゃあ……願い事、叶えてあげないの?」
青年は驚いた顔をして目を丸くした。
???「え? 僕は人の願い事なんて叶えれないよ。」
互いに呆気にとられ、次の瞬間、どこからともなく椅子が二脚現れた。私と彼は座り込み、奇妙な対話を始めた。
???「僕はね、ここに居るだけなんだよ。そうすると訳の分からないくらい人が現れてね、僕が触れると全部食べ物になっちゃうんだ」
私「みんな、ここで祈れば願いが叶うって信じて来てたんだよ」
???「なるほどねぇ……勘違いだったんだ」
青年はけらけらと笑った。
???「じゃあ、教えてくれたお礼に、僕ができることなら叶えてあげるよ」
私「減税」
???「無理」
私「好景気」
???「無理」
私「年金受給」
???「だから無理だって」
異様な光景の中、私たちはまるで友人のように軽口を交わした。果物となった人間の残骸を前に、狂気と笑いが混ざり合っていた。
私「じゃあ……何ができるの?」
???「ここから出してあげることくらい?」
私「……それでいい」
言った瞬間、意識は闇に飲み込まれた。
目を覚ますと、私は自分の部屋にいた。 時計はいつもの朝を示している。学校に行けば、リツコは昨日までと同じように私に話しかけ、あの夜のことなどなかったかのように振る舞っていた。きっと事実ごと“消された”のだろう。
ただ、私だけが覚えている。石畳の広場、六体の石像、果物に変わった人々、中性的な青年。そして“願い”という言葉に潜む、どうしようもなく理不尽な真実を。
これが、私の不思議な青春だ。
ちなみに先輩二人は消えた。




