第36話 突入
朝。
空を見上げれば、僅かばかりの雲と日の出によるグラデーションが目に映るだろう。晴れやかな朝といえる天気だ。
そして森の中に作られた盗賊のキャンプ地に今、ウォンの号令が響き渡った。突入開始の合図である。そしてキャンプ地の周囲からも上がる雄たけび。すでに起きていた盗賊は混乱し、寝ていた盗賊たちも飛び起きた。そして突入してきた討伐隊に斬り伏せられていく。
無論盗賊たちもただやられるばかりではない。判断が早い者はすぐさま魔剣を手に反撃し、そうでない盗賊も混乱しつつも戦闘に加わっていく。
「落ち着け! 数はこちらが上だ! 敵一人に複数人で対処すればいい! 距離を取って並んで一斉に剣技を撃ち込め!」
盗賊の中でも特に冷静に対応していたその男はディンスであった。手下を鼓舞し、的確な指示で戦況を立て直す。
「苦しくても時間を稼げ! そうすれば余った戦力がすぐに駆け付ける!」
檄を飛ばすディンスにより盗賊たちの混乱が収まっていく。リーダー格であるディンスは常日頃からその力でもって上下関係を誇示していた。その成果がここに発揮され、盗賊たちに指示に忠実な行動を可能としていた。
ディンスの周辺では戦況は五分にまで回復していた。
「お前が頭目か!」
討伐隊の一人がディンスを狙った。頭をつぶせば手下達は崩壊するという考えである。そしてその判断は正しかった。ディンスの強さを考慮しなければ。
「ペンは曲がる!」
自分を狙ってきた剣士に向かってディンスは剣を振った。その剣は金属とは思えないほどグニャグニャに波打っていた。ペンの先をつまんで振ると曲がって見える現象の応用である。ディンスの剣は予測不能な太刀筋で剣士に迫り、剣士の防御を突破して数か所のかすり傷を与えた。
「その程度の威力で勝てると思っ――!?」
剣士の足が止まる。そして血反吐を吐き倒れた。全身を痙攣させその剣士は、死んだ。
「剣技、ポイズン・ポイズン」
ディンスの剣には紫色の液体が滴っていた。肌に触れただけで数秒後には人を死に至らしめる劇毒である。剣を毒砂と薬液に交互に漬ける事で完成するそれは、余りの激痛に途中で剣を折ってしまう者が出るほど習得が困難な剣技であった。
「くっくっく。この剣には致死性の毒がたっぷりと仕込んであるんだよ」
毒にまみれた刀身をディンスは舐める。人を斬った直後の剣は、普段以上に濃厚な味がした。ディンスの目に恍惚が宿る。
「さて、手下どもが時間を稼いている内に各個撃破していくか。敵は……二十ちょっとか? 半分に減らせば手下共でも囲み倒せるだろ」
ディンスが近くの剣士に狙いを定める。敵味方入り乱れての戦いなら隙を突いて剣を当てるのは簡単だ。ディンスは音を立てずに最初の標的へと向かった。
「させないにゃ!」
そこへ横槍を入れたのはマオだった。指に挟んだナイフでディンスをひっかく。ディンスはとっさに飛び退きそれを躱した。飛び退きざまに振った毒剣は避けられ空振りに終わる。
「なんだてめえ? 妙な恰好しやがって」
ディンスがマオを睨み付ける。猫耳と尻尾という出で立ちはこの場において、相手を馬鹿にしているようにしか見えなかった。
「妙な恰好じゃないにゃ! これはこういう戦闘スタイルにゃ!」
「そうかよ。じゃあそのまま死ねや!」
「死ぬのはお前にゃ!」
マオ対ディンス、開始。
「おりゃあ!」
ザンが目の前の盗賊を斬る。周囲は乱戦状態だった。倒した盗賊には目もくれずザンは次の敵へと向かっていく。
混乱が収まり体勢を立て直し始めたと言っても、盗賊達は剣士には及ばない。ザンの周辺では討伐隊側が優位となっていた。しかしその優位は、ある音とともに覆される。その音は、虫の羽音のようだった。
「剣技! 蜂々乱舞!」
テントを突き破り空中へ飛び出した人影。それは自在に飛び回り、すれ違いざまに討伐隊に斬撃を浴びせた。討伐隊の一人が負傷し血をまき散らす。
「あいつは! 剣聖級賞金首のハッチ!」
二刀流で羽ばたく姿を見たザンが声をあげる。イージンで最初に遭遇した因縁の相手である。ザンは今度こそは討ち取ってやると剣技を発動した。
「ちょっとだけ、全力気合砲!」
剣から放出された剣気がハッチに迫る。しかし立体的に移動するハッチに避けられ、その先のテントを剥げさせただけに終わった。
「ヒャッハー! 当たらねえよそんなもん!」
ハッチがザンを無視し討伐隊に襲い掛かる。討伐隊員たちは剣を振るが分が悪い。飛んでいる虫を撃ち落とすのですら難しいのだ。飛んでいる剣士が相手ではなおさらである。
「逃げんじゃねえ! 俺と勝負しろ!」
ザンがハッチを追う。だが機動力が違いすぎた。ハッチはザンから距離を取りつつ他の剣士を襲い続ける。
「テメエの相手は他のやつに任せるさ。俺は雑魚狩りに集中させてもらうぜぇ!」
ハッチがザンを嗤う。追うザンは憎たらし気にハッチを見ていた。だが突如横から攻撃を受け足が止まった。ザンの周辺を煙が包む。ハッチはそのまま飛んで行っってしまった。
「この煙!? 紫煙のスモークか!」
ザンが煙を吹き飛ばし視界を確保した。晴れた煙の中から葉巻を加えた中年男が現れる。
「まさかここに討伐隊が乗り込んでくるとはな。お前たちがここを突き止めたのか?」
「だったら何だ!」
「やはりそうか。あの時お前たちを殺せなかったのが悔やまれる。せめて尻拭いはしないとな」
スモークが鼻から煙を吐き出した。煙は剣の形となりスモークの前を漂う。
「そういう訳だ。つまりお前たちは返り討ちになる。だから死ね」
「出来るもんならやってみやがれ!」
ザンはスモークに斬り掛かったのだった。
祝! 十万字突破!




