第35話 嫌な予感
日が沈んでから討伐隊はイージンを出発した。暗闇に紛れて街道を進む。夜の間に道沿いに進めるだけ進む。その後森の外縁で野営をし、明け方には森へと入っていく予定である。
街道とはいえ、月明りだけを頼りに歩いていると時折躓く者もいた。皆無言であるため足音が大きく響いて聞こえる。もしこれが森の中であればまともに行軍はできないだろう。隠密行動など以ての外である。
そうして三時間ほど歩き、街道が森の近くに差し掛かった所で討伐隊は行軍をやめ野営の準備に取り掛かった。とはいえ隠密行動中なので大がかりな設営などはしない。火も焚かない。適当に散らばって後は各自で静かに、という大雑把な指示のみ出された。
大体のメンバーはそれぞれ木の下に陣取り防寒布を取り出していた。片面には蝋が塗ってあり撥水加工されている。雨が降っても最低限は凌げるためよく使われる装備だ。
見張りの班分けは街を出る前にしてあった。最初の班に当たっていたシリュウが周囲の気配に気を配っていると、シリュウに近づいて来る者がいた。
「なんだマオか。お前はまだ見張りの番じゃないだろう。寝ないのか?」
シリュウが声をかける。マオはシリュウの向かいに座った。
「話があるにゃ」
「話?」
「シリュウ、お前は明日の作戦で包囲班にまわるべきにゃ」
「……」
討伐では包囲班と突入班に別れる。その班分けも街を出る前に済んでいた。ザンもマインもマオも、そしてシリュウも危険な突入班に志願していた。
マオがシリュウの右肩を見る。猫騙しの効果により猫と同じだけ夜目が効くマオには、右腕が失われているのがよく見えた。
「どうして利き手を失ったかは知らないけどにゃ、その状態でまともに戦えるとは思えないにゃ。得意の居合が使えないんじゃ足手まといにゃ」
「その時は見捨ててもらって構わん。剣士の戦いは自己責任だ。某もそれくらいは弁えている」
マオは僅かに顔をしかめた。
「そもそもどうしてマイン達と一緒に居るのにゃ。シリュウは賞金稼ぎなんて興味ないと思ってたのにゃ。なんでこんなことに命を張ってるのにゃ?」
マオはマインとシリュウの事情をまだ知らなかった。聞く機会がまだ無かったからである。シリュウはかいつまんで自分の事情を説明した。マインの事情とも関わって来る話だがそのあたりはうまく伏せた。マインの事情はマインから伝えるべきだとシリュウは考えていたからである。
マオは初めは黙ってシリュウの話を聞いていたが、剣頂カミカゼが暗殺されたと聞いた時は思わず目を見開いた。
「驚いたにゃ。まさか斬鉄剣と名高いカミカゼが死んでいたとはにゃ」
「師匠の死はまだ公にはされていない。剣頂が殺されたなど騒ぎの種にしかならんからな。お前の師匠なら知らされているとは思うが」
シリュウはマオの師匠の姿を思い浮かべた。カミカゼとはウマが合わなかったらしく、顔を合わせるたびに嫌味の応酬を繰り広げていた。正直シリュウにはあれに化け猫という感想しか出てこない。シリュウは首を振りそのイメージを消すと、話を戻した。
「とにかく盗賊を追えば師匠の仇にたどり着けるかもしれんのだ。他人に任せるつもりはない。絶対に自分の手でかたきを討つ」
周囲が寝静まっているため抑えられてはいたが、その声には力強い意志が込められていた。マオは説得を諦めため息をつく。
「分かったにゃ。そこまで言うならもう反対はしないにゃ。でも手助けもしないにゃ。もしピンチになっても自己責任。自力でなんとかするにゃ」
「ああ。元よりそのつもりだ。お前はそろそろ寝ろ。お前は討伐隊に二人しかいない剣王なんだ。明日は存分に活躍してもらえないと困る」
「了解にゃ。じゃあ先に寝させてもらうにゃ」
マオは立ち上がり自分の寝床に戻っていった。足音がしないあたり猫らしいと、シリュウはそんな事を思いながら寝ず番を続けたのだった
ザンが剣を振るう。周囲では家屋が焼け崩れておりパチパチと火の粉を上げており、屋外には血を流す死体が転がっていた。むごたらしいその光景を、しかしザンは気にする余裕がなかった。
「おりゃ!」
ザンの攻撃は相手に逸らされた。返す刃で二撃目を繰り出す前に、相手のカウンターが返ってくる。防御が間に合わず肩を僅かに斬られ、ザンが苦痛の表情を見せる。相手はザンへ追撃を浴びせた。
「先駆け!」
ザンが一瞬で相手の背後に回り込む。そしてがら空きの背中を斬り付けた。しかし半歩移動しただけで相手はその攻撃を紙一重で避ける。そして剣でザンの剣をからめとり上に跳ね上げた。ザンの胴体が無防備になる。
剣がザンの腹を斬り裂いていく。その様子がザンにはスローモーションに見えた。剣が体の内側を通る感覚。斬られた所が熱い。ザンが崩れ落ち膝をついた。その勢いのままさらに手を地面に突く。額の汗が地面に落ちるのを見ながら、ザンは荒い呼吸を繰り返した。
呼吸が整った頃には、ザンの傷は消えていた。
「今日の稽古はここまで。今日も僕の勝ちだったね」
相手が剣を下ろしそう言った。その剣は、ザンの剣と同じものである。形や重さはおろか、小さな傷まで完全に一致していた。
「今日も俺の負けか……」
ザンが顔を上げる。そこに居たのは成長した姿のアルト。何年も前に死んだザンの親友だ。ここは盗賊に襲われた故郷。周囲には死んだ村人たち。いつもの舞台である。
ザンは今、夢の中に居た。
「剣技に頼った力任せの戦いじゃなくなったのは良い事だと思うよ。搦め手への対処も正確になってきてる。おかげで今日は僕もやりづらかった」
勝負の講評をするアルト。やりづらかったと言いながらも涼しい顔のアルトにザンは苦笑いした。ザンは、アルトに今まで一度も勝ったことがなかった。
「明日は、盗賊との戦争だね」
アルトが心配そうにそう言った。ザンを庇って盗賊に殺されたアルトにとっても、思う所があるようだった。
「ああ。向こうも剣技を使ってくるからな。油断は出来ねえ。手加減もできないだろうな。俺の気持ち的にも」
「それがいいよ。情けをかけて後ろから斬られるなんて事は無しにして欲しいな」
「当たり前だろ? 相手は犯罪者だぜ?」
「気を付けてね。特に剣帝クラスとは戦わないで欲しい。今のザンじゃ多分殺される。とはいえ夢から覚めたらここでの記憶も無くなっちゃうから、無駄な忠告になるんだけど」
「……剣帝が敵側に居るのか?」
「わからない。気配が上手く読めなくて確証が持てない。でも嫌な予感がするんだ」
アルトが自分の剣を覗き込む。刀身は鏡となりアルトの顔を写していた。
「わかった。覚えてたらそうするわ」
ザンが剣を鞘に戻す。ザンは夢から覚めようとしていた。周囲の光景がおぼろげになっていく。それはアルトの姿も同様だった。
「それじゃあ、また明日ね。ザン」
「ああ。また明日の夢でな」
夢の世界は形を失った。同時にザンの意識が覚醒する。起き上がると周囲は森。そして野宿する剣士たちが居る。漆黒に染まっている空の端だけが僅かに明るくなり始めていた。夜明けが近い。
ザンは立ち上がると伸びをした。そして欠伸。
「あれ? なんか夢見てた気がするけど、なんだったっけ?」
伸びの体勢のままザンが首をかしげる。しかし何も思い出せなかった。ザンは伸びをやめると剣を確認した。使い古されているものの、修理とメンテナンスのおかげでまだまだ健在だ。アルトの遺品である。
「よし、問題ないな」
いつも通りチェックを済ませたザンは剣を腰に下げた。もうじき討伐開始である。他の剣士たちも次第に起き始めた。ザンは干し肉をひと齧りし水で流し込むと、荷物をまとめて木の根元に置いた。戦いに使わないものはこの野営地に置いていく。後で回収する予定だ。
数分後、森を歩ける程度に空が明るくなり、討伐隊は出発した。
戦いが、始まる。




