第17話 医務室にて
三回戦が全て終了した。勝ちあがったのはザン、二刀流の剣士、サーベル使い、シラフの四人だった。残り二試合である。
ザンは剣士連盟の治療室に運び込まれていた。腹を貫かれるという重体である。既にザンの意識は無かった。
「駄目だ! 内臓がやられている! 普通の治療ではどうしようもない!」
この世界の医療技術はそこまで発達していない。せいぜい傷口を焼いたり押さえたりして塞ぎ、効き目の怪しい薬を塗ったり飲んだりする程度である。
「くそっ、我々ではどうしようもない! ジャスティンを呼べ!」
医師はザンの傷を確認してそう言った。今の医術では内臓の傷に有効な処置法はなく、患者の自然治癒力に頼るしか方法が無い。そして医師の経験上、このままではザンは死ぬ。
「どこですか!? 治療が必要な人は!」
そこにある人物が駆け込んできた。
「ジャスティン! こいつだ! 早く剣技を頼む!」
「見せてください。……左のあばらの間を貫いて世まで貫通。脾臓と腎臓に傷がついている、と。分かりました。処置できます」
ジャスティンが極小の剣を取り出した。ペンほどの長さの持ち手の先に爪ほどの大きさの刃が付いている。熱湯消毒は済ませてあった。ジャスティンはその剣を指で持ち、ザンの傷へと刃を入れる。
「剣技、増殖暴走」
ジャスティンの剣は細胞分裂を暴走させた。分裂を抑制する因子を斬ったのである。増殖した細胞たちは結びつき形を変え、数秒で内臓を再生させた。
「内臓は治りました。ひとまずは大丈夫でしょう。後は外側の傷を塞げば問題ありません」
ジャスティンは額の汗をぬぐった。彼の剣技は人間の細胞一つ一つを認識しミクロン単位で剣を調整しなければならない。たった数秒の治療でジャスティンの集中力は使い果たされていた。
「後は任せます」
ジャスティンはそう言い残して治療室を後にした。大会のために王都の連盟本部から派遣された彼はここ数日毎日のように剣技を使っており疲弊していた。また呼ばれるまで自室にこもって眠るのだろう。去ったジャスティンに対し医師たちは心の中で礼を述べた。
ザンの命はこうして助かったのであった。
医務室でマインは目を覚ました。それと同時に気だるさが襲い掛かってくる。体が非常に重く感じられた。寝返りを打つ事すら出来ず顔をしかめていたマインはやがて起き上がることを諦め、ひたすらに天井を眺めていた。
「負けた……」
動けないマインは自然と試合の事を思い返していた。あのアホそうな少年に作戦で負けたことにムカつきを覚える。実際に作戦を立てたのはザンではなくルドルフなのだが、マインはそれを知らない。
「私がザンに劣ってるというの?」
ザンに良いように踊らされたと、自分はザンに劣っているのかと思うと再戦したくなってきたマイン。もう一度戦って、今度こそ勝つ。そうしないと気が済まない。そう思ったマインは、自分がムキになっていることに気づいた。
「はぁー」
マインはため息をついた。年下にムキになっていることに何となく恥ずかしさを覚えたマインから再戦への渇望が薄れていく。
そう言えば、ザンは無事だろうか。マインはそんなことを思った。試合でもマインは追い詰められてムキになっていた。そして手を本物の剣にするという切り札を使いザンの腹を刺したのだ。あれは切り札というよりは剣技の暴走なのだが。極限状態だったとはいえ、やりすぎだったのではないかとマインは反省する。
「ひょっとして、殺しちゃったんじゃ……」
否と、マインは自分の考えを否定する。大会では選手の負傷に備え優秀な医師が用意されている。大丈夫なはずだ。多分。……恐らくは。
「後でお見舞いに行こうかな」
マインが戦った相手を心配するのは珍しい事であった。見た目と年齢のせいで仕事を受けるのを拒否されることも多いマインは、収入のほとんどを賞金首の捕獲に頼っている。マインが普段戦うのはそんな犯罪者なのである。
剣技が広まったこの時代、犯罪者にも剣技を使う者は多い。修得した剣技に溺れ犯罪を犯す者もいれば、犯罪を犯すために剣技を修得する者もいる。世間ではこれを剣技犯罪と呼んでいる。対抗できるのは剣士だけだ。剣士という仕事が無くならない理由である。
もし今回の試合のように犯罪者相手にも負けたら。マインはそんな危惧を覚えた。そしてもっと強くならないとと決意する。ザンとの戦いでマインの弱点ははっきりとした。急所狙いと長期戦での消耗、それへの対抗策をマインは考えなければならなかった。
マインの闘志に、再び火が付いた。
日が暮れた頃、ザンは目を覚ました。気配のした方を見るとテルスがいた。どうやら看病してくれていたらしい。ザンが目を覚ましたことに気づいたテルスは声をかけてきた。
「おはよう、ザン。怪我の様子はどうだ?」
「……腹と腰が痛い」
「だろうな。あれだけ思いっきり刺されたんだ。痛いですんでよかったな」
「明日の相手はシラフか?」
「ああ、剣王シラフが順当に勝ち上がってきた。次はさすがのお前でも勝つのは厳しいだろうな。むしろよくここまで勝ち上がれたもんだ」
「シラフってそんなに強いのか?」
「並の剣士じゃ手も足も出ない。一緒に試合見ただろ?」
「……あれがあのシラフとは思えねえ」
ザンにとってシラフとは年中酔っ払いの中年だ。けっして筋骨隆々の大男ではない。
「試合に出る時はいつもあんなんだぞ。禁酒の影響だな」
「酒ってそんなヤバいもんだったっけ?」
信じようと信じまいと相手が強い事に変わりはない。そう思ったザンは一旦深く呼吸した。
「そう言えばさっきマインって子が来てたぞ。対戦相手のあの子。ザンが無事なのを確認して帰ったけどな。お前寝てたし」
「そうか」
「わざわざ見舞いに来るって事はやっぱりあれか? お前とマインが付き合ってるって噂は本当なのか?」
「なんだそれ?」
「街で聞いたぞ。昨日デートしてたってな」
「……俺とマインって付き合ってたのか?」
いろいろとズレた事を言うザンに、テルスはなんだと笑う。
「デマだったか。つまらないな」
テルスは見舞いに来たマインの表情を思い返した。そして小さくつぶやく。
「脈はありそうだったな」
「なんか言ったか?」
ニヤニヤとするテルスにザンはそう聞いたのだった。
次回、第18話:援助




