第18話 援助
ザンを看病していたテルスが帰宅してしばらくしたころ、病室を訪ねる者がいた。上品だが地味でかつ動きやすそうな服装の、召し使いらしき人物である。ザンは見覚えが無かったが向こうはザンの顔を知っているらしく、寝ていたザンの元へと真っすぐに歩いてきた。ザンは体を起こす。
「誰だお前?」
「初めまして。わたくし、ローン商会から参りました、セバフと申します。主人がぜひザン様に会いたいと申しておりまして、お迎えに上がりました」
「商会? いったい何の用だ?」
「来ていただければお話しできるかと。ザン様にとっても悪い話ではございません」
「……」
ザンはルドルフの弟子たちを思い出した。以前にも知らない相手に連れ出され襲われたことがあるため、ザンは疑うという事を覚えたのである。
「いかがでしょう、話だけでも聞くために来ていただけないでしょうか。むしろ来ていただけなければザン様にとっても今後不都合が出るかと」
そんな言い方をされると不安に思ってしまう。ザンは不信感を抱きながらも、行かないという選択肢を選びかねた。
「うーん……」
ザンの中に、行くという選択肢がちらつき始めた。その様子を見たセバフがさらに一言付け加える。
「話を聞いてくだされば、その後どうされるか関係なく十万ゴルドお渡しすると主人は申しております」
その言葉がとどめとなり、ザンはセバフに付いていった。
「良く来たね。僕はローン商会会長の一人息子にして次期会長のホーメンだ」
セバフに連れられローン商会の応接室に通されたザンに、ホーメンと名乗った青年はそう言った。どこかで見た覚えがあるようにザンは思ったが、商会の知り合いなどいない。気のせいだろうかと流す事にした。
「さ、座ってくれ。簡単だがつまめる物も用意した。遠慮なくくつろいでくれ」
ザンは勧められるままにソファーに腰を下ろした。そしてその柔らかさに驚く。ザンにとって椅子とは木で出来た硬い物だ。背もたれがついていれば上等なものという認識である。ザンは初めての座り心地にしばし感動していた。
「そんなに気持ちいいのかい?」
「医務室のベッドよりもやわらけえ……」
「喜んでくれたようで良かったよ。それで、怪我の方はどうなんだい?」
「ああ、まあ明日にはまともに動けるようになるだろ」
「そうか。僕も試合に出て疲れていたから他の試合は見なかったんだけど、かなりの接戦だったらしいじゃないか」
「試合に出てた?」
ザンがホーメンの顔をまじまじと見た。くせ毛のある金髪、中肉中背の体つき。それを見たザンはある選手を思い出した。
「そうかあんた、二刀流の。客席から見た時は遠かったから気付かなかったわ」
「試合見てくれたんだね。光栄だよ」
「俺に何の用だ? 当たるとしたら決勝だよな?」
「そうだね。その事で話があるんだ。あ、そうそう。先に来てくれたお礼の十万ゴルドを渡しておくよ。受け取ってくれ」
ホーメンがふくれた袋を机に置いた。ジャリ、と金貨の音が聞こえる。ザンにとっては一月分の生活費に匹敵する金額だった。
「それで、話ってなんだ?」
ザンは金貨には手を付けずにそう聞いた。もてなされたとはいえ、まだ不信感は完全にはぬぐえていない。長話をすると回りくどくて頭が追い付きそうにないため、ザンはホーメンの要求を直球で聞きたがった。
「君の次の対戦相手についてだ」
「……シラフか?」
「そうだ。君はシラフについてどう思う?」
「飲んだくれのおっさん」
「そうだね。その通りだ。そして大会の連覇者でもある」
「シラフがどうかしたのか?」
「僕はシラフの連覇を止めたいんだ。他にも打倒シラフを掲げる剣士はこの街には多い。なぜだか分かるかい?」
「俺の友達は剣聖になりたいって言ってたな」
ザンはテルスの顔を思い浮かべた。
「そうだ。大会で優勝すれば剣聖になれる。だがシラフが優勝し続けるせいでここ数年、ソルドンで剣聖に上がれた者はいない。剣聖としての実力があるにもかかわらずだ」
ホーメンが前のめりになった。
「僕は今のこの状態から抜け出したいんだ。このままでは剣士たちから剣聖を目指す意欲が失われてしまう。ランクが上がらなければ剣士全体のレベルも落ちてしまう。以前から大会の運営にはシラフの出場を禁止するよう要請しているんだけどね、まだいい返事を聞けたことがない」
「剣士なら修行して倒せばいいんじゃねえの?」
「無論だ。僕も打倒シラフに向けてこれまで真面目に修業を積んできた。だが、全ての剣士がそうできるわけじゃない。僕は父が会長だから資金に困らず修行に集中できたしその環境も整えられた。逆に、生活が苦しくて修行に打ち込めない剣士もいるんだ。僕はね、そんな剣士の何人かに出資してるんだ」
「へえ、ホーメンっていい奴なんだな」
「君にも出資したい」
「俺に?」
「そうだ。聞いたところによると、君は日雇い労働で生活費を稼いでるんだってね。その日を食べるのにもギリギリだと聞く。君のように才能あふれる若者がそのせいで埋もれていくのは実に口惜しい」
「……」
ザンは黙り込んだ。ホーメンの提案はいい話に聞こえた。しかしいざ自分が受けるとなると、簡単に首を振っていいものかとも思い考え込んだのである。
「これを見てくれ」
黙り込んだザンに対し、ホーメンは剣をセバフから受け取り机の上に置いた。
「これは?」
「魔剣という。最近わずかに出回り始めた代物だ。これを使えば誰でも剣技が使えるようになる」
「はぁ!?」
ザンは思わず驚いた。そんな剣があるなど前代未聞だからである。剣技とは厳しい修行の末にやっと使えるようになるものだ。それを、剣を持てば誰でも使えるようなるなどにわかには信じがたい。
「君にこれをあげよう。剣技が使えない君がこれを使えば、シラフ相手にも勝ち目があるかもしれない」
「いや、それはいい。いらん」
拒否されるとは思ってなかったのだろう。即答したザンに対しホーメンは目を丸めた。魔剣の話を聞いた事でザンは提案を受ける気を一切無くしていた。
「俺は他の剣を使う気はねえ。剣技も修行して手に入れるし金の援助もしなくていい。一方的に何かしてもらうのは悪いからな」
「そうは言わずに、頼むよ。援助させてほしい」
「俺の気が済まん。他を当たってくれ」
ザンは完全に聞く耳を失っていた。それを察したホーメンはため息をつく。
「そうか、仕方ないね。残念だけどそうさせてもらうよ。今日は話を聞いてくれてありがとう。明日の試合はぜひ頑張ってくれ」
「ホーメンもな。それじゃ」
ザンはソファーから立った。先ほどまで優しく自分を支えていた感覚が無くなる。ザンは自分の足で立っていた。そして十万ゴルドの入った袋を手に取る。
「あ、それは持って帰るんだ……」
「え? だって話を聞く見返りだったよなこれ?」
「……そうだね。それは君の物だ」
ザンが応接室から出ていく直前、ホーメンは最後にこう声をかけた。
「決勝で会えることを楽しみにしてるよ、ザン」
「そうだな」
ザンはローン商会を後にしたのだった。
ザンを見送ったセバフが応接室に戻ってきた。セバフはホーメンに確認する。
「ザン様はこのままでよろしいのですね?」
「ああ、彼には少しでもシラフを消耗させてもらわないといけないからね。何もしなくていい。残りの二人には手筈通り刺客を送れ」
残りの二人とはシラフと、ホーメンが次に戦うサーベル使いの事である。
「特にシラフ、奴には決して休ませるな。どうせ勝てないから戦おうと思わなくていい。その代わり寝るときと食べる時と出す時と、とにかく隙が出来る瞬間は遠くからでいいから狙い続けろ。それ以外もずっと殺気を送り圧力をかけ続けるんだ」
「よろしいのですか? 残りの選手が少なくなった現状でそれをすれば、容疑者は限られますが。ホーメン様へ疑惑を向ける輩も出て来るでしょう」
「かまわないよ。どうせ大したことはできないさ。好きに言わせておけ」
「……承知いたしました」
セバフが頭を下げて応接室を出ていった。ホーメンはソファーに体を預け、ひとり呟いた。
「優勝するのは僕だ。そのためには全力を尽くす、それだけだ」
他に誰もいない応接室で、それに答える者は当然、居なかった。
次回、第19話 準決勝:剣王シラフ




