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剣技を放て!  作者: 源平氏
剣の街ソルドン編
16/57

第16話 三回戦:剣士マイン

 大会四日目、ようやく折り返しの三回戦目である。選手は残り八名。どれも過酷な試合を勝ち進んできた強者ばかりだ。その強者たちを一目見ようと、観客席は今まで以上に多くの人々でごった返していた。


「おはようマイン。昨日ぶりだな。今日はよろしく!」

「よろしく、ザン」


 ザンとマインは闘技場の中央でそう言葉を交わした。試合直前であるにもかかわらずピリピリしていないのは、二人が既に知り合いだからだろうか。とはいえ二人の闘志は揺らいでおらず、いつでも戦える状態になっていた。


 二人は距離を取り構えた。ザンは剣で、マインは素手である。一見マインの方が不利に見えるが、その実ザンはマインの手刀を最大限警戒していた。


 試合開始の銅鑼が鳴った。それと同時にマインが一気に距離を詰めて来る。


 ザンが剣を振った。マインに手刀の間合いに入れないよう、剣のリーチを最大限使って攻撃する。ザンの剣はマインの腕で受け止められた。腕が鉄色に変色している。そして耳をひっかくような金属音が鳴り響いた。


 ザンは繰り返し剣を振った。マインを近寄らせないためだ。マインはある時は剣を受け、ある時は剣を避けて踏み込む隙を探っている。少しも気は抜けなかった。


 ザンはルドルフとの手合わせを思い出した。ザンはルドルフからあるアドバイスを受けていた。


「おりゃっ!」


 ザンが剣筋を曲げてある部分を狙った。マインの肘である。それに反応したマインは肘を逃がした。マインの顔が僅かに険しくなる。


「やっぱり、関節は硬くないんだな」


 マインの二回戦の様子をザンから聞いたルドルフはある事に注目した。マインが剣を腕で防御するという点である。全身を硬化しているのなら極端な話、防御しなくていいはずなのだ。その事から、体の一部のみを硬化しているとルドルフは推測したのである。


「なるほど、対策を練ってきたという訳ね」


 マインがそう言い捨てた。ザンはそのマインにまたしても剣を振るう。肩、腰、膝、様々な関節をザンは狙い続けた。それを嫌がったのだろう。マインはザンの剣を必要以上に大きく避けていた。


 ザンが逆袈裟に脇を狙った時、マインがついに勝負に出た。剣にぶつかりに行くように大きく踏み込む。そしてザンの剣に抱き着き脇で抑え込んだ。金属音が響く。


 剣を押さえられ、ザンの顔に焦りが生まれる。そのザンの顔めがけて何かが迫った。マインの蹴りである。そのつま先が地面を斬り裂きながら進んでいるのをザンは目撃した。


「足で斬撃!?」


 ザンは予想外の攻撃に驚きつつもとっさにそれを避けた。そしてマインから無理やり剣を引き抜き距離を取った。片足立ちになっていたマインは距離を詰め直すのが遅れ手刀の間合いから逃れられてしまう。


「……仕切り直しね」

「そうだな。にしても関節も硬くできたのか。曲げられなくなるから普段は使ってないってとこか?」


 剣を脇で抱え込まれた時の金属音を思い返しザンが確認する。マインの返事はなかった。


 まさかこんな事になるとはとザンは内心思った。なぜならここまでの出来事が全てルドルフの予測通りだったからである。その気になれば関節も硬くできるだろうとルドルフは見抜いていた。



 鋼化、それがマインの剣技の一つである。自分の肉体を鋼に変化させることが出来る剣技だ。その気になれば全身を固めることもできるが動けなくなるため、普段は肘の先のみで発動している。そしてもう一つ、衝撃斬化という剣技もマインは習得していた。打撃を斬撃に変化させる剣技である。


 これがマインの能力の正体であった。自身の肉体を剣とする、マインは他に類を見ないスタイルの剣士なのである。


「となると、あれをやるか」


 そうつぶやいたザンがマインに斬りかかった。再び二人の攻防が繰り広げられる。ただ先ほどとは違い、ザンは足をフルに使い駆け回っていた。マインを少しでも翻弄するためである。それを見たマインは舌打ちをした。


 肉体を変質させるタイプの剣技は、他の剣技に比べて習得やコントロールが難しいという特徴がある。下手をすれば自分の肉体を傷つけてしまうためだ。さらに体力の消耗も激しい。マインが出来る限り腕で防御している理由の一つでもある。


 ザンが位置を変え角度を変え、そしてタイミングをも変えながら攻撃してくる。体のあちこちを狙われたマインは鋼化の効果範囲のコントロールに苦しんだ。マインはザンに自由に攻撃されまいと自身も駆け回った。二人の攻防は闘技場を激しく駆け回りながら目まぐるしく変遷していく。


 マインはやりづらさを感じていた。的確に弱点を突いて来るザンの戦術にである。今もザンにより苦手な戦法を強要されている。消耗が激しい鋼化を、走りながら使用しなければならないのである。マインの体力は無視できない勢いで削がれていた。マインは短期決戦を決意する。


「そこ!」


 一瞬の隙を突いてマインがザンの懐に潜り込んだ。剣を振るには近すぎる距離に入られザンの顔に焦りが浮かぶ。マインはザンを袈裟斬りにしようと手刀を振りかぶった。




「――!?」


 予想だにしない事態にマインは驚愕した。ザンが、左手の人差指でマインの喉を突いていた。


 剣士が剣以外で攻撃することなどほとんどない。マインにとって戦いとは、いかに敵の剣を防御するかであった。故にマインの警戒は、ザンの剣にしか向いていなかった。


 マインの喉が閉塞する。息ができない。その隙にザンがマインの背後にまわった。マインを拘束し喉へ剣を押し付けて来る。マインは喉を鋼化せざるを得なかった。


 すべてがルドルフの作戦通りだった。閉塞した状態の喉を固めたマインは息ができない。しかも走り回って息が上がっている状態でである。だが呼吸のために鋼化を解けばマインの喉は斬られてしまう。マインはもがくが、ザンの拘束は解けなかった。


 酸欠状態の中でマインは焦った。鋼化を逆手に取っての剣による締め技。これまでの戦いが全てこの状況のための作戦だったのだと理解しマインの中に怒りの感情が沸き起こる。それはザンに対してか、それとも良いように転がされた自分に対してか。


 マインはまだ少女である。そのため今まで相手にした剣士は皆年上であった。そしてその年上相手にマインが負けたことは一度もない。だがこの試合はマインにとっては初となる年下との対戦。その年下の少年にマインは初の敗北を喫しようとしていた。


 負けたくない――!



 ドス、と音がした。ザンが痛みに顔をゆがめる。


「腕が……剣になっただと!?」


 マインの肘から先が本物の剣に変化しザンの腹に刺さっていた。ザンの口から血が吹き出る。しかしそれでもザンは拘束を解かなかない。


 マインの酸欠がいよいよ危険な状態に移っていた。意識が薄れていく。マインは最後の力を振り絞った。



「は?」


 ザンが驚愕した。マインの体が硬さを失いまるで液体のようになったのである。マインは自在に体を変形させるとザンの拘束を抜け出した。そしてザンにありったけの打撃を打ち込む。


「がふっ!」


 ザンは連打をもろに受け殴り飛ばされた。鳩尾、顎、人中、レバー。人体の急所にもろに拳が入ったのである。ザンは地面を転がり這いつくばった。


 剣技、コンニャク体。体をコンニャクのように柔らかくすることで斬撃を無効化する肉体変質型剣技である。マインにとっての最後の切り札であった。


 ザンが立ち上がろうとする。しかし視界が歪み体が言うことを聞かない。ザンは軽い脳震盪を引き起こしていた。致命的な隙を、マインに曝してしまっていた。


 しかしマインは絶好のチャンスでありながら動けなかった。鋼化をこんにゃく体で無理やり上書きした事で体力が吸いつくされたのである。そして極度の酸欠状態。ザンを殴り飛ばした時に攻撃斬化を使えなかったのもそのせいだった。そしてそれが、マインの死力を尽くした精一杯の攻撃であった。マインは意識を失い倒れたのだった。



 銅鑼が鳴る。マインが戦闘不能だと判定されたのだ。組み技の末の泥仕合である。観客の反応は薄かった。そしてザンは未だに言うことを聞かない体のまま、素直に喜べない勝利に苦々しい顔を浮かべていた。


 ザンが血を吐いた。刺された腹からも血が出ている。ザンもまた意識を失ったのであった。

負けたくない(殺意)。コンニャク体の使用により鋼化が解けたため、剣になっていた腕は元に戻りました。


次回、第17話:医務室にて

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