第二話
少女に肩を借りながら、俺たちは広場に面した建物へ逃げ込んだ。
かつては何かの店だったらしく、入口の扉は失われていたものの、壁際には錆びた棚や壊れた什器が残っている。俺たちは外から見えにくい入口脇の柱まで移動し、そこでようやく足を止めた。
「ここで待っていて。私は外を見てくる」
「一人で大丈夫なのか?」
「少なくとも、あなたよりは動けるわ。それと、そのシールドも切った方がいい。残量、ほとんどないでしょう?」
言われて残量ゲージを見ると、確かに残りは一割ほどしかない。俺は起動部へ触れ、身体を覆っていた薄い膜を消した。消耗したマナをさらに使い続ける理由はない。
柱へ背を預けて座り込み、呼吸を整える。ブレードはさっき吹き飛ばされた場所へ落としたままだ。カバンもその時にどっかにいってしまった。今、手元にある武器は拳銃だけだが、予備のマガジンはズボンの外ポケットに二本残っている。
少女は入口から外の様子を窺いながら、手首につけている黒い腕輪のようなものへ口を近づけた。おそらく、先ほどまで通信に使っていた端末だろう。
「追跡対象を発見しました。中型一、小型三。小型二体はすでに討伐済みです。それと、学園の生徒を一名保護しています」
『位置を送れ。保護した生徒の状態は?』
「意識はあります。負傷していますが、歩行は可能です」
『了解。北側の処理は終了した。そちらへ向かう』
「お願いします」
短く通信を終えた少女へ、俺は柱に寄りかかったまま声をかけた。
「軍の人間なのか?」
「違うわ。正式な軍人じゃない。今日は討伐に協力していただけ」
「あの群れを追ってきたってことか?」
「ええ。北側で処理していた群れから何体か逃げて、それを追ってここまで来たの」
俺はそれを聞いて、力なく息を吐いた。
「じゃあ、俺がわざわざ探しに行く必要なんてなかったわけだ」
「探しに行ったって、何を?」
「この辺りで魔力を感じたんだ。誰かいるのかと思って、少し様子を見に行った」
少女がゆっくりこちらを振り返った。何も言わなかったが、その表情だけで言いたいことはだいたい分かる。
「分かってる。もうしない」
「それ、私じゃなくて後で学園の先生にもちゃんと言いなさいよ。今日が初日なら、たぶんかなり怒られると思うけど」
「その未来だけは聞きたくなかったな」
少女が何か言い返そうとした、その時だった。
入口近くの窓の向こうに大きな影ができる。生き残っていた最後の小型だ。窓のある壁ごと少女へ攻撃しようとしていた。
「危ない!」
俺が構えた拳銃を撃つよりも早く、少女は一足飛びにその場から後ろへ下がった。魔獣の攻撃は壁と窓を粉砕し、先ほどまで彼女がいた所には大きな爪が突き刺さっている。
その直後、床から白い槍のような光が小型の腹を貫いた。小型の身体が大きく折れながら空中に跳ね上げられる。
そして、地面へ着くより先に今度は二本目の光が空中に現れ、それが首元を撃ち抜いた。小型はそのまま力無く地面に落ち、脚を一度だけ動かした後、それきり動かなくなった。
俺は構えていた拳銃を降ろす。
「……速いな」
「そう? あなたが何発も撃ってたから、もう弱ってたんじゃない?」
「いや、俺の豆鉄砲はそこまで効いていた感じはしなかったが。」
少女は小型の死骸が動かないことを確かめると、再び外へ視線を向けた。
「これで小型は全部。残るのは、あの中型だけね」
すると、まるでその言葉を聞いていたかのように、広場の向こうで大きな破砕音が響いた。
思ったよりここから近い。
建物の壁を押し崩しながら、中型が姿を現す。肩へ引っかかった柱を力任せに振り落とし、太い前脚を路面へ下ろすと、その衝撃だけで地面が揺れた。俺が背中を預けている柱まで小さく震える。
少女は大きな穴の開いた入口から外へ出ようとした。
「おい、一人でやる気か?」
「応援が来るまで止めるだけよ。それに、誰かが引きつけていないと、あなたまで巻き込まれるでしょう」
「だったら俺も」
「その身体で?」
言葉に詰まる。
少女はそんな俺を見て、少しだけ表情を緩めた。
「大丈夫。無茶をするつもりはないから、あなたはそこから動かないで」
そう言い残し、少女は外へ飛び出した。
そして、俺の隠れている店から引き離すように右側へ高速で移動しながら、中型に向かって魔法を放つ。放たれた光弾が中型の鼻先で炸裂した。
中型が唸り、少女へ顔を向ける。
「こっちよ! 相手なら私がするわ!」
続けて放った一撃が中型の頭に当たり、注意が完全に少女へ向いた。その顔が横を向いたことで、右目の下から口元へ走っている傷が見えた。
最初に広場で見た時からあった傷だ。
俺は拳銃を抜いた。マガジンはすでに予備へ交換してある。少女が中型の注意を引きつけている間に、何かできることがあるかもしれない。
「流石にここで寝ている訳にはいかないな」
俺は痛む脇腹を押さえながら、ゆっくりと外へ歩き出した。




