第六十四話 異変
ズゥン……
再び地面が揺れた。
木々がざわめく。
森全体が、
何かを警戒しているようだった。
「全員、集合!」
鬼塚の声が飛ぶ。
散っていた班が、
次々と戻ってくる。
誰もが異変に気付いていた。
「教官!」
「魔物が逃げています!」
一人の生徒が叫ぶ。
鬼塚は森の奥を見る。
確かに。
フォレストウルフが、
こちらなど見向きもせず駆け抜けていく。
キラービーの群れも、
巣を捨てるように飛び去っていった。
敵同士のはずの魔物が、
同じ方向へ逃げている。
あり得ない光景だった。
◇ ◇ ◇
「戦闘禁止。」
鬼塚は即座に命令する。
「全班、その場で待機。」
「勝手に追うな。」
漣は思わず口を開く。
「でも!」
「今なら……!」
鬼塚が鋭く睨む。
「藤堂。」
「探索者は。」
「倒す相手を選ぶ。」
「戦うことが勇気じゃない。」
「退くことも勇気だ。」
漣は唇を噛み、
静かに頷いた。
◇ ◇ ◇
その時だった。
リルが悠真の肩へしがみ付く。
「怖い……。」
震えている。
羽まで震えていた。
悠真は優しく声を掛ける。
「大丈夫。」
「俺たちは無理をしない。」
リルは小さく頷く。
しかし。
その視線は、
森のさらに奥を見つめたままだった。
◇ ◇ ◇
悠真は違和感を覚えていた。
静か過ぎる。
さっきまで聞こえていた虫の羽音も。
風の音も。
何も聞こえない。
まるで。
森そのものが、
息を止めているようだった。
「……来る。」
思わず口をついて出る。
その瞬間。
森の奥から、
一本の巨木がゆっくりと倒れた。
ドォォォン!!
轟音。
土煙。
生徒たちが息を呑む。
そして。
倒れた巨木の向こうに、
巨大な影が見えた。
誰も姿をはっきり見ることはできない。
木々に隠れ、
輪郭しか分からない。
だが。
それだけで十分だった。
「あれは……。」
一人の教官が青ざめる。
「まさか……。」
鬼塚が低く呟く。
「予定にない。」
「何故こんな場所にいる。」
影は、
ゆっくりと動き始める。
しかし。
こちらへ向かっては来ない。
何かを探すように、
森の奥へ消えていく。
長い静寂。
鬼塚はすぐに決断した。
「実習中止!」
「全員、協会まで撤退する!」
誰一人反論しない。
それが最善だと、
全員が理解していた。
悠真は最後に一度だけ、
森の奥を振り返る。
その時。
左手にはめた零落の指輪が、
かすかに熱を帯びた。
「……?」
ほんの一瞬。
誰かに見られているような感覚。
だが、
次の瞬間には消えていた。
悠真は何も言わず、
仲間たちと共に森を後にした。
まだ誰も知らない。
今日見た"あの影"が、
この出来事が、後に物語最大の転機になることを。




