第六十話 違和感
翌日。
錬金実習室。
机の上には、
生徒たちが作った回復薬が整然と並べられていた。
鬼塚教官は一本ずつ手に取り、
静かに確認していく。
「失敗。」
一本。
「これも失敗。」
一本。
「魔力の流れが安定していない。」
一本。
ほとんどが濁った薬液だった。
一年生。
初めての錬金。
当然の結果だった。
鬼塚は小さく頷く。
「失敗は悪くない。」
「失敗から覚えろ。」
そう言いながら、
次の瓶へ手を伸ばす。
その瞬間。
「……。」
鬼塚の手が止まった。
淡い翡翠色。
透き通った薬液。
不純物は、
ほとんど見当たらない。
鑑定板へ置く。
【初級回復薬】
品質:上級
教室が静まり返る。
「上級?」
「一年生で?」
「誰だ?」
鬼塚は瓶の裏を確認する。
神代 悠真。
鬼塚は小さく息を吐いた。
「また、お前か。」
その表情には驚きよりも、
どこか納得したような色が浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
放課後。
職員室。
鬼塚は一本の回復薬を机へ置いた。
そこへ、
黒崎レオンが入ってくる。
「何かありましたか?」
鬼塚は瓶を差し出す。
「見てみろ。」
黒崎は静かに受け取り、
鑑定板へ置いた。
【初級回復薬】
品質:上級
黒崎は小さく笑う。
「神代ですか。」
鬼塚は頷いた。
「ああ。」
「また、あいつだ。」
黒崎は瓶を眺めながら呟く。
「実技では派手じゃない。」
「レベルも一。」
「それなのに。」
「結果だけは、いつも一歩先へいる。」
鬼塚は腕を組む。
「あいつは才能だけでやってる訳じゃない。」
「積み重ね方が異常なんだ。」
黒崎は静かに頷く。
「探索実習の時もそうでした。」
「誰よりも慎重で。」
「誰よりも観察していた。」
「勝つ方法じゃなく。」
「負けない方法を考えている。」
鬼塚は笑った。
「レベル一だからな。」
「無駄な戦いはできん。」
黒崎は回復薬を机へ戻す。
「ですが。」
「だからこそ面白い。」
「同じ条件なら。」
「誰よりも伸びる。」
鬼塚は静かに頷いた。
「あいつはまだ完成していない。」
「これからが本番だ。」
黒崎は窓の外を見る。
校庭では、
生徒たちが自主練をしている。
その中には、
悠真の姿もあった。
「見守るだけにしておきます。」
鬼塚は笑う。
「それでいい。」
「余計な手助けは必要ない。」
「あいつは、自分で積み上げる男だからな。」
◇ ◇ ◇
その頃。
悠真は個人空間にいた。
学校で何が話されているかなど、
知る由もない。
工房では、
リルが今日も薬草の手入れをしている。
ポムは炉の横で、
魔力循環を補助していた。
悠真は完成した短剣を手に取る。
ゆっくり握る。
構える。
振る。
一振り。
二振り。
三振り。
刃は少しずつ、
身体へ馴染み始めていた。
「まだだ。」
悠真は静かに呟く。
「もっと振れる。」
「もっと上手くなれる。」
装備は完成した。
薬も完成した。
だが。
熟練に終わりはない。
悠真は再び短剣を構える。
その姿を、
ポムは嬉しそうに見つめる。
リルも畑から顔を上げる。
二人とも知っていた。
悠真は、
誰よりも努力する。
だから、
自分たちも支えよう。
その想いは、
言葉にしなくても伝わっていた。
夜。
研究机。
悠真は研究日誌を開く。
【研究日誌 No.49】
良い道具は努力を助ける。
良い素材は努力に応える。
だが、努力そのものを代わってくれるものは存在しない。
静かにページを閉じる。
表紙には、
少しずつ増えた手垢が残っていた。
誰にも気付かれない。
それでも、
それは確かな努力の証だった。
工房の灯りは、
その夜も遅くまで消えることはなかった。




