第五話 レベル1
神託の間を出ると、受付の女性が穏やかな笑顔で迎えてくれた。
「お疲れ様でした、神代さん。」
一枚の透明なカードが手渡される。
「こちらが、あなたのステータスカードです。」
悠真は静かに受け取った。
カードに触れた瞬間、淡い光が走る。
文字がゆっくりと浮かび上がった。
神代 悠真
個人レベル Lv1
職業
なし
スキル
《個人空間》
「……。」
悠真は何度も見返した。
見間違いではない。
本当に、それだけだった。
「職業はこれから選択できますので、ご安心ください。」
受付の女性は慣れた様子で説明を続ける。
「探索者学校への入学後、自分に合った職業を取得できます。」
「その際、職業レベルも表示されます。」
悠真は小さく頷いた。
「ありがとうございます。」
しかし心のどこかで、引っかかるものがあった。
(レベル1……。)
(普通、最初はこんなものなのか?)
周囲を見る。
神託を終えた若者たちは、それぞれ自分のカードを見つめていた。
「あっ! 俺、Lv6だ!」
「私はLv5!」
「職業適性が二つある!」
歓声が上がる。
家族が喜び、友人同士で肩を叩き合う。
そんな光景の中で。
悠真だけが静かだった。
自分のカードを、もう一度見る。
Lv1
それだけは変わらない。
「……まあ、いいか。」
不思議と落ち込むことはなかった。
レベルよりも。
あの場所がある。
《個人空間》。
それだけで十分だと思えた。
その日の夕方。
帰宅した悠真は、自室で静かに椅子へ腰掛ける。
(試してみよう。)
意識を集中する。
すると。
視界がふっと揺らぎ――
見慣れた六畳の部屋が目の前に現れた。
「本当に入れた……。」
机。
椅子。
何もない静かな空間。
外の音は聞こえない。
誰もいない。
ただ、自分だけの世界。
悠真は自然と笑みを浮かべた。
「ここなら……。」
「好きなだけ、本が読める。」
本棚から持ち込んだ剣術入門書を机に置く。
ゆっくりページをめくる。
誰にも急かされない。
誰にも邪魔されない。
そんな時間が、ただ嬉しかった。
ふと時計を見る。
一日が終わった気がするほど過ごしたあとで、外へ戻る。
現実の時計は――
わずか一時間しか進んでいなかった。
「……本当に、一日。」
胸が高鳴る。
これなら。
人の何倍も練習できる。
何倍も学べる。
何倍も積み重ねられる。
レベルは上がらない。
でも。
積み重ねは、誰にも奪えない。
その夜。
悠真は初めて、未来が少し楽しみになっていた。
一方、その頃。
誰もいないはずの白い世界で。
アーカスは静かに微笑んでいた。
「始まったね。」
その視線の先には、青く輝く地球。
そして、無数の黒い光。
ダンジョンだった。
「ネメシス。」
「君は気付くだろうか。」
「世界に、たった一つ。」
「君の管理できない存在が生まれたことを。」
白い世界に、その言葉だけが静かに響いた。
世界はまだ知らない。
レベル1の少年が、未来を書き換えることを。




