第55話 小さな命
実戦訓練から三日後。
放課後。
「今日は第七階層までだ。」
鬼塚教官の一言で、
各班が探索を開始する。
「漣。」
「今日は少し別行動でもいいか?」
漣は不思議そうな顔をした。
「珍しいな。」
雪乃も首を傾げる。
「何か気になることでも?」
悠真は少し考えてから答えた。
「この前、少しだけ違和感があった。」
「確認したい。」
二人はすぐ頷く。
「分かった。」
「無理だけはするなよ。」
「うん。」
◇ ◇ ◇
悠真は一人、
第七階層の奥へ歩いていた。
何があるのかは分からない。
それでも、
あの日感じた違和感が頭から離れなかった。
岩場を一つ越えた時だった。
「……。」
足が止まる。
地面に小さな足跡。
魔物。
しかし、
ゴブリンでも、
コボルトでもない。
とても小さい。
悠真はしゃがみ込む。
「逃げてる……?」
足跡は一定ではない。
途中で転び、
また立ち上がった跡がある。
「怪我をしてるのか。」
そのまま足跡を追う。
奥へ。
さらに奥へ。
岩陰の隙間。
そこで、
悠真はようやく見つけた。
小さな身体。
透き通る羽。
淡い緑色の髪。
フェアリーだった。
だが、
普通のフェアリーではない。
片方の羽は裂け、
服もぼろぼろ。
身体は痩せ細り、
今にも倒れそうだった。
悠真に気付いた瞬間、
フェアリーは必死に後ずさる。
しかし、
飛べない。
逃げられない。
その小さな身体が震えていた。
悠真は武器を抜かなかった。
ゆっくりと腰を下ろす。
「安心して。」
もちろん、
言葉は通じない。
それでも、
敵意がないことだけは伝えたかった。
フェアリーは警戒したまま、
小さく身を縮める。
悠真はポケットから、
携帯していた干し肉を取り出した。
「食べる?」
差し出す。
フェアリーは動かない。
悠真は干し肉を地面へ置き、
自分は少し離れた。
待つ。
何も言わず。
ただ待つ。
数分。
ようやく、
フェアリーが少しずつ近付いてきた。
震える手で、
干し肉を抱える。
そして、
夢中で食べ始めた。
その姿を見て、
悠真は少しだけ笑う。
「そんなにお腹空いてたんだ。」
フェアリーは一瞬だけ顔を上げる。
その瞳には、
まだ警戒が残っていた。
けれど、
ほんの少しだけ。
怯え以外の色が宿っていた。
その時だった。
「ギャアア!」
遠くから、
魔物の咆哮。
フェアリーの表情が一変する。
身体を震わせ、
岩陰へ隠れようとする。
しかし、
羽が動かない。
逃げられない。
悠真はゆっくり立ち上がる。
短剣を抜く。
「大丈夫。」
「今度は俺が守る。」
岩陰の向こうから、
三体のゴブリンが姿を現した。
フェアリーは目を閉じる。
もう終わりだと思った。
しかし。
カン。
短剣が静かに光る。
悠真は一歩前へ出た。
「ここから先には行かせない。」
その言葉と共に、
小さな命を守る戦いが始まった。




