第三十話 古き契約者
ダンジョン深層。
零落の指輪が第二段階へ到達した直後。
静寂だった空間に。
一つの足音が響いた。
コツ。
コツ。
暗闇から現れた存在。
白い髪。
古びた衣服。
しかし。
その姿には不思議な違和感があった。
若く見える。
だが。
その瞳には。
何百年もの時間を見てきたような深さがあった。
蓮が前へ出る。
「何者だ。」
雪乃も魔法を準備する。
しかし。
その存在は攻撃する様子を見せなかった。
ただ。
ポムを見る。
『……目覚めたのか』
その言葉に。
ポムの身体が震える。
「ぷる……。」
悠真は気づく。
ポムが。
怯えている。
今まで。
どんな強敵を前にしても。
ポムがここまで反応することはなかった。
「ポム。」
悠真が声をかける。
「大丈夫か?」
ポムは悠真を見る。
そして。
小さく揺れた。
「ぷる。」
大丈夫。
そう伝えているようだった。
白髪の存在が口を開く。
『安心しろ』
『私は敵ではない』
「あなたは誰ですか。」
悠真が聞く。
少しの沈黙。
そして。
その存在は答えた。
『私の名はアステル』
『滅びを経験した人類の記録者だ』
「滅び……?」
雪乃が反応する。
『そうだ』
『君たちの時代では』
『ダンジョンは突然現れた災害として語られているだろう』
『しかし』
『それは始まりに過ぎなかった』
アステルが周囲を見る。
『人類は力を求めた』
『強力な武器』
『高い魔力量』
『強い職業』
『だが』
『ダンジョンが求めていたものは』
『強者ではなかった』
悠真は黙って聞く。
「では。」
「何を求めていたんですか。」
アステルは悠真を見る。
『可能性だ』
その言葉。
悠真には理解できた。
レベル。
魔力量。
才能。
数字だけで判断される世界。
しかし。
本当に必要だったものは。
その数字の外側にあるもの。
『かつての人類は』
『力を持つ者だけを選んだ』
『そして』
『一度、滅びかけた』
空間に映像が浮かぶ。
崩壊した都市。
暴走する魔物。
逃げ惑う人々。
そして。
最後まで戦う探索者たち。
『我々は間違えた』
『強い者を集めれば』
『世界を守れると思った』
『だが』
『強さには限界がある』
映像が変わる。
一人の研究者。
若き日のアステル。
『だから私は作った』
『力を与える装備ではなく』
『可能性を引き出す装備を』
アステルが映像の中で。
黒い指輪を手にする。
『零落の指輪』
『完成された者には使えない』
『魔力が少ない者』
『未熟な者』
『不完全な者』
『その者ほど可能性を引き出せる』
悠真は息を止める。
「だから……。」
アステルは頷く。
『そうだ』
『お前は選ばれたわけではない』
『条件を満たしただけだ』
その言葉に。
悠真は少し安心した。
特別な才能。
運命。
使命。
そんなものではない。
自分が歩いてきた道の結果。
それだけだった。
「ポムは?」
悠真が聞く。
アステルはポムを見る。
『あの存在もまた』
『人類が答えを出せなかった可能性だ』
『ダンジョンが生み出した』
『進化途中の生命』
ポムが小さく揺れる。
『完成された魔物ではない』
『だからこそ』
『成長する』
悠真はポムを見る。
小さなスライム。
最初は。
誰にも期待されなかった存在。
しかし。
今では。
自分にとって大切な仲間。
「まだ完成していないなら。」
悠真は言う。
「これから一緒に完成させればいい。」
ポムが大きく揺れる。
「ぷる!」
アステルは静かに笑う。
『やはり』
『私では届かなかった答えだ』
「あなたは……。」
悠真が聞く。
「なぜここにいるんですか。」
アステルは遠くを見る。
『私は死者ではない』
『しかし』
『生者でもない』
『このダンジョンに残された』
『最後の記録だ』
その瞬間。
ダンジョン全体が揺れる。
【認識】
【適合者確認】
アステルの表情が変わる。
『時間が来たようだ』
「時間?」
『ダンジョンが』
『次の段階へ移行する』
『そして』
悠真を見る。
『お前たちは』
『世界に認識され始める』
その瞬間。
遠くで。
巨大な魔力反応。
今まで存在しなかった階層が。
動き始める。
ポムが震える。
「ぷる……。」
アステルが呟く。
『気をつけろ』
『次に現れるものは』
『敵ではない』
『試す者だ』




