第十七話 レベルでは測れない戦い
低い唸り声が、ダンジョン内に響いた。
ズン……。
地面が揺れる。
岩陰から姿を現した巨大な影を見て、鬼塚教官の表情が変わった。
「……ありえない。」
「教官?」
雪乃が尋ねる。
鬼塚は魔物を睨みつける。
「第一階層に存在するはずがない。」
「オークだ。」
その名前を聞いた瞬間、生徒たちの顔色が変わった。
オーク。
通常なら第二階層以降に出現する魔物。
新人探索者が単独で戦える相手ではない。
まして。
目の前の個体は通常より一回り大きい。
「全員、後退しろ!」
鬼塚教官が叫ぶ。
しかし。
オークの視線は、すでにこちらを捉えていた。
「来る!」
蓮が剣を構える。
「蓮!」
悠真が叫ぶ。
「真正面から受けないで!」
「分かってる!」
蓮は横へ飛ぶ。
次の瞬間。
巨大な腕が振り下ろされた。
ドンッ!
地面が砕ける。
「……!」
もし受けていたら、一撃で終わっていた。
「白石さん!」
悠真が叫ぶ。
「魔法をお願いします!」
「分かりました!」
雪乃はすぐに魔力を集中する。
「ファイアランス!」
炎の槍がオークへ向かって飛ぶ。
直撃。
しかし。
「効いていない……?」
雪乃の表情が険しくなる。
「魔力耐性があります。」
「通常の魔法では、大きな効果は期待できません。」
悠真は敵を見る。
動き。
呼吸。
足の位置。
周囲の地形。
《個人空間》で積み重ねた知識を総動員する。
(強い。)
(今の僕たちでは、正面から勝てない。)
普通なら。
ここで絶望する。
しかし。
悠真は違った。
(だから。)
(勝つ方法を探す。)
「蓮。」
「何だ?」
「10秒だけ、時間を稼げる?」
蓮は苦笑する。
「簡単に言うなよ。」
剣を握り直す。
「でも。」
「お前が考えてるなら、やる。」
その言葉に、悠真は少しだけ目を細めた。
昔から変わらない。
蓮はいつも。
自分を信じてくれる。
蓮が走る。
「こっちだ!」
オークの注意を引く。
一撃。
二撃。
攻撃力では勝てない。
だが。
時間は作れる。
「白石さん。」
「足元をお願いします。」
「はい。」
雪乃は魔法を準備する。
「アイスバインド!」
地面が凍りつく。
オークの足がわずかに止まった。
「今です!」
悠真が走る。
狙う場所。
攻撃する瞬間。
全て計算する。
木剣を振るう。
しかし。
当然。
大きなダメージは与えられない。
「やっぱり……。」
武器の問題。
力の差。
その時。
足元から小さな音がした。
「ぷる。」
ポム。
悠真は振り返る。
「ポム。」
「危ない。」
しかし。
ポムは動いた。
小さな身体で。
悠真の前へ出る。
「ぷる!」
「待って!」
その瞬間。
オークの腕が振り下ろされた。
「ポム!」
悠真は叫んだ。
その声は、今までとは違った。
恐怖。
焦り。
失いたくないという感情。
そして。
「雪乃!」
「魔法を!」
気付けば。
悠真は彼女の名前を呼んでいた。
雪乃は一瞬だけ驚く。
しかし。
すぐに魔法を放つ。
「ファイアランス!」
炎がオークの腕を逸らす。
その隙に。
蓮が踏み込む。
「悠真!」
「分かってる!」
三人の攻撃が重なる。
オークは大きく揺らぎ。
そして。
膝をついた。
静寂。
誰も動かなかった。
勝った。
しかし。
誰もが理解していた。
これは力で勝った戦いではない。
信頼で勝った戦いだった。
「ポム!」
悠真は急いで駆け寄る。
小さなスライムを抱き上げる。
「大丈夫?」
「ぷる……。」
少し弱々しい。
でも。
ポムは悠真から離れなかった。
悠真は強く抱きしめる。
「無茶しないで。」
「君は……弱いんだから。」
その言葉に。
ポムは少しだけ身体を震わせた。
その時。
雪乃が静かに声をかける。
「神代さん。」
悠真が振り向く。
「……。」
一瞬、二人の間に沈黙。
悠真も気付いていた。
先ほど。
彼女を名前で呼んだことに。
「……。」
「すみません。」
悠真が言う。
「緊急だったので。」
雪乃は首を振る。
「謝らなくていいです。」
少しだけ笑う。
「嫌ではありませんでした。」
悠真は少し困った顔になる。
「そうですか。」
横で見ていた蓮が笑う。
「お前ら、少し距離縮まったな。」
「蓮。」
「はいはい。」
その時。
空間に表示が現れる。
【条件達成】
【仲間との信頼が深まりました】
対象:
神代悠真
ポム
そして。
誰にも見えない場所。
白い空間でアーカスが目を開いた。
「……。」
「始まったか。」
「力ではなく。」
「絆による進化が。」
ダンジョンの奥。
魔力の流れが変化する。
まるで。
ダンジョンそのものが。
神代悠真という存在を認識したように。




