子だぬきの古物商
イナリと紅葉が歩みを進めていくと一つ目の大入道が顔を真っ赤にして何かを待っていた。視線の先には子だぬき。
「ええと…その青磁の茶碗が六文銭七枚…で、ええと…その急須が六文銭…八枚…それとその箸置きが…六文銭一枚…」
手元でパチ、パチと算盤を弾く手元は覚束ない。
「小僧!早くしねえか!七足す八足す一!十五だろうッ!」
大入道は鶯色の浴衣の袖を降りあげながら子だぬきに食ってかかる。
「ひええっ!じゃあそれでいいですぅ!!」
と子だぬきが涙目で言いかけたその時だった。
「大入道。久しいね。あと…計算を誤魔化しちゃいけないな。平太。一六だ。」
イナリが大入道と子だぬきの間に割って入る。
大入道の顔はサッと血の気が引き、
「イナリの旦那…あっしは別に…その…」
としどろもどろになる。
「平太。品物をお包み。大入道はさっさと一六文置いていく!夜市でごまかしはご法度だろう!」
イナリの一喝に大入道は大急ぎで一文銭を十六枚置くと、ひったくるように子だぬきから品物を受け取って夜市を駆けていった。
「お前さんは相変わらずの計算下手だねぇ…目利きは確かなんだが…。」
イナリが優しく話しかけると子だぬき⸺平太は目に涙をためてイナリに抱きついてきた。
「旦那ぁぁぁぁ!!助かりやしたよぅ!!」
そんな平太をイナリはそっと撫でると、
「おっかさんは?お前一人かい?」
と優しく尋ねる。
「いますよぅ…おっかさーん!!イナリの旦那が来てくれたよー!!…っイテッ!」
平太が声を張り上げるやいなや落ちる拳骨。
そこには恰幅のいい大狸が前掛けをして立っていた。
「旦那、すいませんねぇ。平太のやつは…本当に目利きだけは良いんだけど…どうも珠算が苦手でねぇ…」
ため息をつく大狸の足元でうずくまる平太に紅葉が駆け寄る。
「大丈夫?今の…痛かったよね…?」
その言葉に平太はまた目に涙を溜めながら紅葉に飛びついてきた。
「わーん!!おいら商いなんて向いてないんだぁ!!こんなオチビさんにまで慰められて…うわーん!!」
紅葉はしばし平太の頭を撫でていたが、ふと思いつくと辺りを見回し枝を一本拾ってきた。
そして地面にガリガリと書き始める。
「いい?さっきのお客さんの…最初は七。」
そう言って地面に七の字を書く。
「で、次が八…。」
七の下に八。
「で、最後が一。」
その下に一。
書き終えた紅葉は手をパンパンと払うとゆっくり諭すように平太に話しかける。
「まず上から足していこう?七足す八は?」
「えーと…七が十になる為には三必要で…八から三引いた残りが五…だから十五…?」
平太は小さな手のひらを開いて指折り数える。
「そうそう。で、最後に残った一を足したら?」
紅葉がそう促すと、
「…一六。一六だ!!すげえやオチビさん!!」
平太は拳骨の痛みも忘れて駆け回っている。
「筆算か。考えたね。」
イナリが横から口を挟む。
「だって…私も数学苦手だし…。失敗して怒られて叩かれてたんじゃあんまりにも可哀想…」
紅葉がそう言うと大狸がのっそりと数の書き込まれた地面を覗き込む。
「こりゃあ…革命的だね…アンタやるじゃないか!」
そう言って頭をグリグリと撫で回され、紅葉は赤面する。
「改めましていらっしゃい。ここは古物商。目利きは間違いがないよ。さあ見てっとくれ!!」
平太が声を張り上げる。
ざっと見ただけでも素人目にもこれは凄い、と思う品がずらりと並んでいる。
年代物の茶碗。箸置き。大きな壺に、箱に収められた古銭。そして⸺竹籠にまとめて置かれた鈴。
一つ、手に取って鳴らしてみる。
チリン。澄んだいい音色。
別のものを手に取って鳴らしてみる。
コロン。可愛らしい音色。
「おッ!オチビさん目の付け所がいいね!それは迷わずの鈴。これを身に着けてりゃ迷子にならねえんだ。音色は色々あるよ、どれがいい?」
紅葉は鈴を片っ端から鳴らしてゆく。
カラン。リン。コロコロ。チャリン。どれもすべて違う音。紅葉が最後の鈴に手を伸ばす。
チリン…と鳴ったその後に奥行きのある音が反響する。
「ははぁ、そいつは水琴窟だ。六文銭三枚。どうする?」
平太が両の手をこすりながら尋ねてくる。
紅葉はイナリの顔を見上げるとイナリは懐から紫色のがま口を出して一言。
「好きにするがいいさ。余三郎の六文銭はここにある。」
紅葉は暫し逡巡して⸺
「これにします。」と一言。
そして平太に六文銭を三枚手渡した。
「毎度あり!」
ニコニコ満面の笑みの平太に紅葉も思わず笑みが溢れる。
包まれた鈴をポケットにしまおうとしたその時だった。カサリ、何かが手に触れる。
「あ…。これ、良かったらどうぞ。甘いもの食べるとね、頭の回転が早くなるのよ?」
手渡されたのはイチゴの包み紙のキャンディ。
平太は暫し物珍しそうに見ていたが、やがて包み紙を開けると口の中に放り込んだ。
「なんだこれ!うめえ!!おいらこんなうめえ飴食べたの初めてだ!!」
平太はぴょんぴょんと跳び回って喜んでいる。
「さ、行こう。平太、少しは珠算に励むんだよ。」
イナリがそう言うと平太は小さな頭をぺこりと下げて、
「ありがとやした!オチビさんもありがとな!」
と小さな手を振った。
「粋なはからいをするじゃないか。見直したよ、紅葉。」
イナリが少し意地悪そうに微笑む。
「それ、褒めてないでしょ!待ちなさいよ!」
ポケットの中の鈴がチリンと鳴る。
そうして二人は夜市をまた進んでいった。




