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失恋

隆が道場に入ると集まり始めた1年生たちから黄色い声が上がる。無理もない。昨年インターハイで準優勝をもぎ取ったのは隆の類稀なる才能と研鑽のおかげと言っても過言ではなかったからだ。

当時の紅葉は1年生ながらもレギュラーに抜擢され、決勝敗退の涙を拭ってくれたのも隆であった。

遠藤がパンパン、と手を叩く。

「コラ!1年共!お前たちは手を休めない!少しは如月を見習ったらどうだ!ったく…」

そう言われて1年生たちはばつ悪そうに掃除や弓矢の手入れに戻ってゆく。


隆も道着に着替え、遠藤に一言。

「俺、射ってみていいすか?」

その声に紅葉の顔が綻ぶ。

遠藤は大きく頷くと、

「元主将の底力、見せてやれ」

と笑いながら言った。

隆が弓矢を引く。引退してからまだ2ヶ月余りだがその姿勢にブレはない。先程まで騒いでいた1年生たちも、紅葉も弥生も、そして遠藤も固唾を飲んでその姿勢に見入っている。

そよそよと吹く風が止んだ⸺刹那。

隆は迷い無く矢を放った。

放たれた矢は⸺的中。

紅葉のそれよりも力強くタンッ!と音を立ててど真ん中に中った。


残心を終えて隆が振り向くと一斉に黄色い声が上がる。

弥生が苦笑いしながら紅葉に話しかける。

「中峰先輩目当てで入った子達、多いもんね…」

紅葉もまた苦笑いで返す。

「…だね…。」

だが人のことは言えない。紅葉もまた隆に片思いしているのだから。

隆が一礼して道場を去ると各々稽古に戻ってゆく。

紅葉もまた稽古に戻ろうとしたその時だった。

床に置かれた印伝。波うろこのそれは隆のものだった。

「ごめん。先輩忘れ物したみたい。まだそう遠くに行ってないと思うから渡してくる!」

そう言って紅葉が印伝を手に道場を出たその時だった。


「隆遅い!あっつい中待たせてー!」

見知らぬ女性の声。恐る恐る道場の影から声のする方を見ると、そこにいたのは可憐で華奢な女性。リボンの色から見るに隆と同じ3年生のようだ。

「友理奈…ごめんって。でも可愛い後輩たちの面倒は見てやりたいからさ…」

隆がそう言いながら友理奈の髪をくしゃり、と撫でる。

ほんのり茶色に染められて軽くパーマを当てられた髪がしなる。

紅葉は印伝を握りしめながら静かに道場に戻っていった。


夕刻。

紅葉は帰宅するとまっすぐに自分の部屋に戻りエアコンを入れる。そして着替えを済ませると部屋の真ん中にへたり込んだ。

「そう…だよね…。先輩くらいかっこよかったら…彼女の一人くらい…」

そう独りごちるとボロボロと涙が溢れだす。

1年生の頃からずっと憧れていた。ずっとずっと好きだった。

でも⸺。

いつも汗臭い自分と、女性らしさの塊のような先輩を比較すると涙はとめどなく溢れて止まらない。

気づくとヨイチがそばによって膝に落ちた涙をペロペロと舐めていた。

「何かあった?紅葉…」

紅葉は心配そうに顔を覗き込むヨイチを抱きしめると声を上げて泣き始めた。


「帰ったのかい?」

イナリが音もなく部屋の隅に現れる。

「あんたのせいで…!なにもかもめちゃくちゃ!!何が神様よ!!私の邪魔しかしなくて!!何なのよ!!」

ヒステリックに叫ぶ紅葉をイナリはそっと抱きしめると一言。

「ごめん…。他意はなかったんだ…。ただ…ただわたしは…余三郎の孫がどれだけ研鑽を積んでいるのか見たくなって…。」


夕陽が沈んで部屋に影を落とす。

ヨイチは泣きやまぬ紅葉の頬をペロペロと舐め、イナリはただ紅葉をそっと抱きすくめる他なかった。

イナリの袖が涙を吸って重くなっていっても紅葉は泣き止むことがなかった。


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