秋風の贈り物
コロン、とシャープペンシルの落ちる音でヨイチは目を覚ました。
顔をふるふると振ると、紅葉が机に突っ伏して眠ってしまっている。
「もみ⸺」
声をかけようとしたその時だった。
イナリが音もなく近寄るとひょい、と紅葉を持ち上げる。
急な浮遊感で目を覚ました紅葉の目に飛び込んできたのはまつげの長いやや伏し目がちな瞳。すっと通った鼻筋に薄く紅を引いたような唇。
「な…!!なにやって…!おろして!!」
慌てふためく紅葉にイナリは首をかしげながら
「何やって…って…お前さんが眠りこけていたから寝具まで運ぼうとしただけだが?」
とこともなげに答える。
(顔が近いんだってば!このノンデリバカ神!)
紅葉がジタバタと暴れるとイナリはため息をつきながらそっとベッドに紅葉をおろした。
「お風呂行ってくる!勝手に触らないでよ!えっち!!」
荒々しくドアを締めた紅葉にイナリは首をかしげる。
(またやってる…)
ヨイチがそう思ったその時だった。
ヨイチの艶々とした鼻がひくひくと動く。
獣の匂い。慌てて窓の外を見ると狸の親子が玄関先にちょこんと座っている。
本能から毛を逆立てかけたが、狸たちは一礼するように頭を下げるとそのまま立ち去って行った。
よくよく見ると玄関先に何かが置いてある。
「イナリ⸺あ。」
ヨイチが声をかけようとした時、すでにイナリはそれを取りに外へと向かっていた。
戻ってきたイナリが手にしていたもの。
笹の葉に包まれた何か。
イナリが笹の葉を破かぬように慎重にそれを解いてゆく。
中にはたどたどしい平仮名が刻まれており、クヌギの実が数個。
「すずの おと きこえた きました だんな おれいです たべてくだちい」
イナリはふっと笑うと
「あやつららしいな…」
そう言ってクヌギの身を大切そうに懐にしまいこんだ。
紅葉が濡髪のまま足音荒く帰ってくる。
「イナリ…。あのね?ああいうのはえーと…説明が難しいけど…お姫様抱っこって言ってね?その…ああもう!!寝る!」
紅葉はそう言ってベッドに潜り込んだ
ほんのり赤面しているのはおそらく風呂のせいだけではないだろう。
「髪は?風邪をもらうぞ?」
イナリが話しかけるも紅葉は無視。
やれやれといった顔でイナリが紅葉の頭に手をかざす。あっという間にふんわりと乾いてゆく髪。
イナリはその髪をひと束指ですくうと、ゆっくりと口元に運ぶ。
「余三郎譲りのいい黒髪だね…」
紅葉の顔がたちまちに真っ赤に染まる。
「この…ッ…ノンデリ!!触るな!バカッ!」
そう言って紅葉は布団に包まり直すと自分の鼓動の煩さに耳をふさいだ。
(腹立つ…腹立つ腹立つ!!無駄に顔がいいのがまた腹が立つのよ!!)
「はて…のんでりのんでりと…別に酒は口にしておらぬのだが…?」
首をかしげるイナリをヨイチは薄目で見ると、やれやれといった様子で紅葉の布団に入り込んだ。
(だから…飲みの理じゃニャいんだってば…。)
そうして秋風吹く中夜の気配が濃くなって、気づけば紅葉は夢の中へと落ちていった。




