敵情視察
「インハイ…か…。」
部員たちを返してガランとした弓道場の鍵を締めると遠藤は喫煙所に向かう。
安物のライターがシボッと音を立てて炎を灯す。
ちりちりと煙草に火が移ると遠藤は紫煙をくゆらせ目を伏せた。
遠藤の脳裏に20年前の思い出が蘇る。
麻生。唯一の好敵手にして研鑽し合った仲間。
「ほい。俺の勝ち。遠藤は集中力切れるのが早いんだよ。」
カラカラと笑う麻生の顔。
あのとき自分はなんと返しただろうか。
「過去は過去。今できることに向き合うだけだ。」
遠藤は煙草を消すと車に乗りこんだ。すえたエアコンの風の匂い。カーステレオからアイドルグループの曲が流れる。遠藤はそれを静かに消すと家路を急いだ。
翌朝。午前9時。部員を引き連れてやってきたのは私立上岡学園。中高一貫校でやはり運動部特化の強豪校。
一年生たちが欠伸をしながらボソボソと話をしている。
「ここ、昨年ベストエイト止まりでしょ?」
「ウチがマークする意味ある?」
弥生はその声を耳にするとキッと振り向いて
「そこッ!無駄口をたたかない!そうやって相手を舐めてかかるのが一番いけないこと!」
と一喝。
思わず萎縮する一年生たちを紅葉がなだめる。
「弥生はああ言ったけど…本当に相手を見くびっちゃだめよ?ウチだって…中峰先輩がいたから準優勝できたようなものだし…。とにかくしっかり見て、相手の所作の一つでも参考にしよう?」
遠藤はそんな紅葉と弥生を見てふっと笑うと
「上岡の顧問に挨拶をしてくる」
そう言って席を外した。
一礼して弓道場に入る。
見覚えのある顔。
「よお。」
ニッカリと笑いながら右手を上げた人物。皺や白髪こそ増えたものの、見まごうはずもない。麻生だ。
「ああ。」
遠藤は短く答えると言葉を続けた。
「今日の試合、見させてもらう。」
「構わんさ。だけど去年の雪辱は晴らす。そのつもりで一年特訓してきたんだ。」
麻生はそう言って右手の拳を突き出す。
遠藤はそれに応じるように自らも右手の拳を突き出してコツン、と軽く当てた。
紅葉はそんなやり取りを遠くから見ていた。
(先生にも先生の…歩いてきた道があるんだ…)
戻ってきた遠藤の背中がいつもより覇気を帯びて見える。
紅葉は制服のスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
2年生だろうか。浅黒く日焼けしたショートカットの少女。
一糸乱れぬ所作で足踏み。
カーボン製の弓矢を高々と上げて的を見据える。
キリキリ、と弓矢の音が鳴る。
そしてゆっくりと弓矢を下ろすと一気に息を吐きながらー射。
風を切って飛んだ矢はドッという重たい音を立てて的中。
(すごい…)
残心をする少女を見つめながら紅葉は思う。
(中峰先輩と同じ…ううん。下手したらそれ以上。ここ…多分ぶつかる…)
その時ふっと少女と目があった。
余裕気な笑みを浮かべひらひらとこちらに手を振っている。
「見たか。」
遠藤が声をかける。
「見ました。ここは…勝ち上がってくる。」
紅葉がそう返すと、遠藤が言葉を続ける。
「あれが上岡の2年生エース、高橋杏奈。父親も母親も弓道経験者。筋金入りの弓道一家だ。」
紅葉は弥生と顔を見合わせ、頷く。
「帰りましょう。そして対策を練りながら稽古を。」
その迷い無き目に遠藤はニッと笑うと、
「そう来ると思った。ではわが校へ帰って各々稽古!」
紅葉たちを乗せたマイクロバスが砂埃を立てて走り出す。
(負けられない…負けたくない…!)
紅葉はスクールバッグを開くとノートを取り出し先程見たすべてを書き綴ってゆく。
磯女の根付がゆらゆらと揺れる。
それはさながら勝利の天秤が動いているかのようであった。




