インターハイ前夜
放課後。
紅葉は弥生と連れ立って廊下を歩いてゆく。
どこの部活も大会が近いのか、暑さの残るグラウンドには土埃。
ふと弥生が立ち止まり、掲示物に見入る。
「弓道部インターハイ出場おめでとう」の文字。
「出場もなにも…去年準優勝だからシード校なんだけどね。」
ぽそりと呟く弥生の背を紅葉はパン、と叩き一言。
「先輩たちの頑張りのおかげだもん。私達は私達で胸張って…ね。」
廊下に伸びる影が長く長くなってゆく。
夏が終わる。
二人とも無言のまま弓道場を目指した。
遠藤の檄が飛ぶ。
「集中力を落とすな!そこ!残心を崩すのが早い!礼に始まり礼に終わる!勝ち負けだけじゃない!」
16時から18時までみっちりと2時間の稽古。
流石に疲労困憊の部員たちを見て遠藤は腕時計を見ながら
「一時間早いが…切り上げだ。各々残り一射!」
そう言われて紅葉が汗を拭いながら弓矢を手にしたときだった。
的の前に黒い影。
思わず目をこする。
薄いそれは段々と濃くなり、姿を表してゆく。
「ああ…あ…」
声にならない声が喉から発される。
落ち窪んだ目。いびつに歪んだ口元。死神が的の前で両手を広げている。
思わず震える手。
カーボン製の弓矢がカラン、と無機質な音を立てて滑り落ちる。
「活きのいい命が山ほどあるね…さて…」
そう言って死神が鎌を振りかざす。鎌の先は弥生に向いている。
「⸺!!」
紅葉は震える手をぎゅっと握りしめると弓置き場から竹弓を取り余三郎の矢をつがえ、死神めがけて矢を放った。
風を切って飛んだ矢は黒い影に命中。影はふわり、と霧散して放たれた矢は的のど真ん中に的中した。
「あ…。」
唖然とする紅葉に遠藤が近づく。
「どうした?残心が崩れているぞ。如月らしくないな…。まあ見事な一射だったが…。それでは各々帰宅!!しっかり食べてしっかり眠り明日に備えること!」
弥生が駆け寄ってきてへたり込む紅葉の肩を揺らす。
「どうしたの!?何かあった?」
その声でようやく我に返った紅葉はさっきあったことを伝えようとしたが⸺首を横に振り、一言。
「なんでもない。今日の練習が大会前最後だから…おじいちゃんの矢で締めたかっただけだよ…」
弓道場の屋根。死神が笑いながら座っている。
「急場であの集中力なら問題はないね。」
死神の姿が歪み⸺イナリが姿を現した。
「上出来だ。流石余三郎の孫だよ…。」
イナリは独りごちると屋根の上のセミの死骸に手を伸ばす。
「儚きものよの…。お前たちも、人の命も…。」
すっかりと日の落ちた静かな空気。風がそよそよと頬に当たる。
「余三郎や…。お前さんはどこにいるのかね…。」
イナリの呟きは一足早い秋風に吸い込まれていった。




