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9・公爵様の考え(ルヴェール視点)

 俺を救ってくれたあの女性が、レーラと同一人物だなんてことはわかっている。


 年齢こそ違うものの、髪型や髪色、瞳の色、全てが一致している。

 年齢が一致しないのは、変化魔石を使ったのだろう。彼女が独自の方法で魔石を再生できるのであれば、本来は希少であり、平民には手の届かない特殊魔石を持っていても不思議ではない。


 それに、彼女と会話していて確信したが、彼女はとても十歳の、平民の子どもとは思えない。


 レーラは――本来は、大人であるはずだ。


 森で出会ったときのあの姿が、彼女の本当の姿なのだろう。理由はわからないが、街で暮らしている間は、変化魔石によって子どもの姿になっているはずだ。


 もしかしたら、身分も偽っているのかもしれない。魔石の再生方法を発見するなど、長年魔法について調査している研究者ですら辿り着けなかった、歴史的快挙である。学のない平民が、偶然それを発見するなど有り得ないだろう。言動などを鑑みても、レーラは高い教育を受けてきた者であるように感じる。


 いずれにせよ、彼女が俺の弟の命を救い……俺の心も、救ってくれた。


(……まさか、フェリルがあんなに元気になるなんて)


 レーラ。君は本当に、全てを照らす光のような人だ――



 ◇ ◇ ◇



 俺の弟、フェリル・レヴァイゼは現在十二歳だが、六歳のときに呪いを受けた。

 公爵家の次男として、国についての知見を深めるため他領に赴いていたところ、不運にも魔獣に襲われ、怪我こそないものの、魔獣のブレスを受けて呪われてしまったのだ。


 俺はそのときレヴァイゼ領にいたが、報せを聞いて、フェリルの身を案じていた。


 やがて、レヴァイゼ領に戻ってきたフェリルと再会した。

 フェリルの顔……頬には、灰色の紋様が浮かんでいた。


 上級魔獣の、強力な呪いのブレスを受けたことによる、呪いの紋様だ。これは、治癒魔法や治癒魔石でも完治できない類のものである。


 治癒魔法は万能ではなく、軽い怪我や呪いを治すことはできるが、欠損や重篤な呪いを完全に癒すことは不可能なのだ。


 それでも――フェリルが、命を落とさなくてよかった。


 今すぐ解呪することはできなくとも、治癒魔法の研究が進めば、いずれは呪いだって解くことができるかもしれない。俺はそう考えていた。とにかく、フェリルが生きていたことに安堵したのだ。


 だが、周りはそう思わなかったらしい。

 それ以降、夜会で他の貴族達がフェリルの噂するようになった。


「ルヴェール様は素敵だけど、結婚したら、あの呪われた子が義弟になるのかと思うと嫌よねえ」

「ええ、呪われた子なんて気持ち悪いわ。傍にいたら、こっちまで呪われそう。いっそ魔獣に殺されてしまえばよかったものを」


 呪いは人に感染しない。本人は苦しむが、他者に害を与えるものではないのだ。


 なのに人々は、よく知りもせず単なる偏見で、心ない言葉を吐く。

 隠れているつもりでも、俺も参加している夜会できゃっきゃと盛り上がっていれば、耳に入ってくるというのに。本人達は気付かれていないつもりでいるのが滑稽だ。


 それに陰で言うだけならまだしも、信じられないことに、本人の前で堂々と言う者もいた。


 ある日、王都の貴族街をフェリルと共に歩いていたときのことだ。とある令嬢が、ハンカチを落とした。フェリルが親切心でそれを拾い、彼女に渡したところ……。


「あの、落とし物です」

「え……、っ⁉」


 令嬢はフェリルを見るなり、眉間に深い皺を寄せた。


「私の持ち物に触れないでよ! 呪われた子の触ったものなんて、汚らわしい! もうそのハンカチ、汚くて使えないじゃない!」


 魔獣のような剣幕で怒鳴った令嬢。しかし彼女は、フェリルの後方に俺の姿を見つけると、途端に顔面を蒼白にした。


「ル、ルヴェール様っ⁉」


 まだ幼いフェリルになら、罵詈雑言をぶつけても問題ないと考えていたのだろう。

 けれど俺に見られていたのは、誤算だったらしい。……愚かとしか言いようがない。


「ち、違うのです! 私はただ、呪われるのではないかと恐ろしかっただけで……! あんなこと、言いたくて言ったわけじゃないんです……! その、そもそも悪いのは、フェリル様を呪った魔獣ですしぃ……」


 だから自分の暴言は悪くない、とでも言いたいのだろうか。

 令嬢は、同情を引くように目に涙を浮かべてみせる。それがいっそう、俺の心を冷ました。


 泣きたいのはフェリルのほうだろう。なのになぜ、お前が泣くんだ?

 結局この令嬢は言い訳ばかりを並べ立て、誠実に謝罪しようという気は皆無のようだ。

 だからこそ俺は、あえて柔らかく微笑んでみせた。彼女は俺の微笑みを見て、安堵したように目を輝かせる。


「俺は呪いよりも、呪いに苦しむ子どもに、平気で暴言を吐けるあなたのほうが恐ろしいと思うな。お互いのためにも、今後は二度と俺達の傍に寄らないでほしい。あなたも、呪われた子とその兄に関わるなんて、怖くて仕方がないだろうしね」


 令嬢は顔を引きつらせていた。フェリルのことは汚らわしいと思っていても、レヴァイゼ公爵家とは関係を断つことは不利益しなかいとは理解しているのだろう。だが、今更後悔しても遅い。


(……人は、愚かだな)


 この件以外でも、表では俺の身分を気にして愛想よくする者も、裏では聞くに堪えないような暴言を吐いていたりする。そんなこと、数えきれないほど遭遇してきた。


 そして俺自身も、社交のため表では微笑みを浮かべていても、頭の中では相手に対し非情なことを考えていることなど、日常茶飯事であった。


 人は愚かだ。

 だから当然、人である自分自身も愚かである。

 ……とはいえそんな感傷に浸っている暇などなく、俺は公爵家の嫡男として、日々こなすべきことが多くあった。父は病で倒れており、俺がその代理を務めていたからだ。


 領地経営、そしてフェリルの呪いを治すための魔法研究で、日々は瞬く間に過ぎていった。

 やがて父が亡くなり、俺は公爵となった。


 母は幼い頃に亡くなっているので、俺の肉親はフェリルだけだ。……幼い頃から母親がおらず、父は仕事に没頭して俺達子どものことなど見向きもしなかったからこそ、俺は唯一の家族である弟のフェリルが大事だった。敵ばかりの貴族社会の中で、フェリルだけが、自分の利益に関係なく俺を兄として慕ってくれたから。


 貴族として、父が生きていた頃は「婚約者をつくれ」と言われ縁談も何度も勧められたが、断っていた。


 言い寄ってくる者は星の数ほどいたが、どの令嬢も、外見だけは美しく着飾っているものの、呪われたフェリルを嫌悪する者ばかりだったからだ。本人の前で眉を顰める者もいたし、陰でフェリルに嫌がらせをした者もいた。


 弟を邪険にする相手を、愛することなどできない。貴族同士の婚姻は愛ではなく利益が優先されるものだと理解していても、受け入れられなかったのだ。父が生きていた頃は何度となく「公爵家嫡男としての自覚が足りない」と罵倒されたものだが、心には何も響かなかった。


 他の者などどうでいい。俺は(フェリル)さえ助けられればいい。

 解呪魔法の研究は進んでいた。自分でも、他国の魔法書を取り寄せるなどして知見を深めていたが……。領主の仕事があるせいで使える時間が限られるため、魔力の強い者に金を払って研究を進めさせていた。


 治癒魔法は進化を遂げ、それはレヴァイゼ領の福祉を発展されることにも繋がった。だが、肝心のフェリルにかけられた呪いが、厄介だったのだ。


 フェリルの呪いは、呪いにかけられている者を苦しめているものであり、「癒しの効果を減少させる」ものでもあった。強力な治癒魔法も治癒魔石も、フェリルの呪いの前では薄れてしまう。


 それでも諦めることなく、解呪はできなくとも、魔法で苦しみを緩和させることなどは成功していったのだが――


 ある日、フェリルが姿を消した。


 本人の意思で失踪したわけではない。レヴァイゼ邸に出入りしていたフェリルの家庭教師が、フェリルを遠くの森……魔獣のいる森に転移させたのだ。

 彼女は最初自分の罪を認めていなかったが、冷静に問い詰めると、白状した。


「だって……ルヴェール様は、あのような呪われた弟がいるから、いつまでも独り身を貫いていらっしゃるのでしょう? 私……もうあんな子に構わず、ルヴェール様に幸せになっていただきたかったのです……!」


 彼女はフェリルの命を脅かす真似をしておきながら、なんと、悪意ではなく善意でやった、と主張したのだ。


「俺が、唯一の家族を亡くして幸せになれると、本気で思っているのか? 人の幸せを勝手に決めるな」

「家族なら、結婚して新しく作ればいいではありませんか! そう……私なら、ルヴェール様を幸せにして差し上げられるのに……!」


 ……ああ、そうか。

 この女は公爵夫人の座を狙っていて、俺がいつまでも結婚しないのはフェリルがいるから、フェリルがいなくなれば結婚に前向きになるはずだと考えたのか。……救いようのない思考回路だ。


 弟の家庭教師がこんな人間だと、見抜けなかった俺にも責任はある。

 だからといって、この女がしたことを看過はできない。


「ルヴェール様、あんな子の面倒を見なきゃならなくて、本当はずっとお辛かったのでしょう⁉ 私にはわかります! 私がルヴェール様のお立場だったら、もう嫌だと思うはずですもの! あんな子捨てて、私と自由に、幸せになりましょう⁉」

「俺はそんなこと少しも望んでいない。俺の気持ちは俺のものだ。頼んでもいないのに、他人が俺の代弁をするな」


 自分の視線が、氷のように冷たくなるのが自分でわかった。

 魔獣の生息する危険な森に、まだ十二歳であるフェリルを転移させた。そんなことをすれば命に関わると、わかっているだろうに。


 それでいて何故、自分が正しいという顔をしていられるのだろう。


「た、他人、なんて……」

「他人以外のなんだと言うんだ? 君は友人ではなく、恋人ではなく、まして家族でもない。……いいか、公爵家次男の生命を脅かす真似をしておいて、ただですむと思うな。処罰は後日正式に告げる」


 今、これ以上こんな者に関わっている時間はない。それより早く、フェリルを探し出さなければ。俺は急いで転移魔法を使い、森へ移動した。


 けれど発見したときには既に、フェリルは血を流して倒れていた。


「フェリル! 大丈夫だ、今すぐ治癒魔法を使う!」


 貴族には魔力がある。まして公爵である俺は、この国でも有数の魔力を保持している。本来なら、これほどの怪我であっても治癒できるのだが……。


 フェリルの呪いが、回復を阻害した。

 俺の全魔力を集中させて治癒魔法を使用しても、一向に怪我が治らない。

 冷たい焦りが込み上げる。どれだけ「死ぬな」と願っても、目の前でフェリルの命が失われてゆく。


 次第に弱くなってゆく呼吸の中で、フェリルは告げた。


「兄さん……今までありがとう……」

「別れのようなことを言うな。大丈夫だ、必ずなんとかする。だから……生きることを諦めないでくれ」

「兄さん……」


 なんとかする、なんて言っても、一向にフェリルの怪我は良くならない。フェリル自身、もう自分の運命を悟っているようだった。


「お願い……兄さんは、幸せになって……」

「フェリル!」


 ふざけるな。どうして、こんな……!

 なぜ、なんの罪もない子どもが命を落とさなくてはいけない?

 目の前で弟の命が失われゆく中で、俺は血管が浮くほど自分の拳を握りしめ、慟哭しかけていた。


 ――そんなときだった。



「大丈夫ですか⁉」



 一人の人物が、こちらに駆け寄ってきた。

腹黒公爵様、実はレーラの正体に気付いていました!

では、なぜ気付いていないふりをしているのか? 

次回更新は20:01予定です!(すみません、一日二回更新予定だったのですが、ルヴェール視点が思ったより長くなってしまったため、本日は三回更新になりました!)

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