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10・腹黒公爵様は、愛しい灰かぶりを絶対に逃がさない(ルヴェール視点)

 俺達のもとへ走り寄ってきたのは、少し癖のある、ミルクティー色の長い髪の女性だ。


「どうせ人間にやられたんですよね⁉ 人間ってほんと愚かですから!」


 緊迫している場面で、あまりにも予想外なことを言われ、さすがに眉を顰めた。


「……君は魔族か何かか?」

「はっ⁉ いえ違うんです、私は人間です! だから私も愚かなんですぅ!」


(……なんなんだ、この女は)


 眉間の皺が深くなるのを感じていると、その女性は治癒魔石を使用した。

 最初は、「治癒魔石でも治せない、無駄だ」と思ったものだった。フェリルに諦めるなと言いながら、俺も心のどこかで、フェリルの死を覚悟してしまっていたのかもしれない。


 だが、奇跡は起きた。その魔石から生じた眩い光に包まれ、フェリルの傷は綺麗に消え去った。――フェリルが、失いかけていた命を取り戻したのだ。


「あ……れ……? 痛くなくなった……」

「フェリル……! 大丈夫なのか⁉」

「うん……! すごい、痛くて苦しかったのが、全部なくなったよ……!」

「よかった……本当によかった……!」


 傷どころか、フェリルの頬からずっと消えなかった、あの灰色の呪いの印まで、跡形もなくなっていた。

 ありえない、夢のようだ! 人生で初めて、歓喜で目の奥が熱くなった。

 この女性は何者だ。天使か、女神か?

 しかし名前を尋ねても、彼女は答えなかった。代わりに、こう言った。


「優しくしてもらったら、いつか自分も誰かに優しさを与えるのが、いいんじゃないでしょうか。……もし何か機会があったら、困っている人を助けるとか……平民にも優しくしてください」


 そう言って、彼女は走り去ってしまった。

 追いかけることもできたが、さすがに今はフェリルのことが優先だ。他に身体に異常はないか、本当に大丈夫なのか、早急に医師のもとへ行き、診てもらう必要がある。


(しかし……あの女性は、何者だったんだ)


 わからない。だが――胸が熱くなっていた。

 今まで出会ってきた人間は、呪われた子というだけで「気持ち悪い」とフェリルを蔑んできた。


 しかし彼女は、迷わず瀕死のフェリルに近付いて、強力な治癒魔石を使ってくれた。

 あの魔石は、なんだ? レヴァイゼ領はこの国唯一の魔石の鉱山を所有しているが、その領主である俺でも、あれほどの効果の魔石は知らない。他国の魔石か? いや、そんな強大な魔石があるなど、聞いたことがない……。


 そもそも彼女の服装は、平民そのものだった。古びた布のワンピースはどことなくサイズが合っていないようでもあったし、持っていた籠には、この辺りで採ったのであろう野草や茸が詰まっていた。あれは後に、自分で食べるつもりなのだろう。裕福なようには見えない。


 彼女は一体、誰なのか。

 知りたい……もっと、彼女のことが、知りたい。


 こんな気持ちは初めてだった。

 けれど彼女の存在はもう影も形もなく、残されたのは、彼女が落とした魔灰だけ。


 ――俺はその後、レヴァイゼ家の財力と権力で探偵を雇い、彼女のことを探った。

 野草や果実を採っていたことといい、あの森の近隣に住む平民である可能性が高い。

 近くの街を重点的に調査させたところ、一つの報告が上がった。

 オルデュール商会長の娘の命令で、魔石の販売を制限されている家があるというのだ。

 何か繋がりがあるかは不明だが、気になる報せではあった。そもそもオルデュール商会の娘は評判が悪く、以前から問題になっていたのだ。


 その家についての調査を深め、一人の少女の存在に辿り着いた。

 それが、レーラだった。


 幼い身で、皆から嫌がられる掃除人という仕事に就いた変わり者。掃除人だから蔑まれているというのもあるが、人見知りで、他者への警戒心が強いらしい。友達は一人もおらず、仲がいいのは家族だけなんだとか。


 レーラの特徴……髪や目の色、そして人間を拒む思考。それは、フェリルを救ってくれた女性と同じだ。


 しかし、明らかに違う点もある。年齢だ。

 俺が森で会った彼女は、正確な年齢はわからないが、外見から推察するに、十八歳から二十歳というところだろうか。


 通常の変化魔石は、数分身体の一部を変える程度のものであり、長時間姿を変えることは不可能である。

 だが彼女は、あれほど強力な治癒魔石を所持していたのだ。

 なら、強力な変化魔石を持っていたって不思議ではない。


(ああ、君は本当に、何者なんだ? 知りたい……君の全てを知りたい)


 少女の姿をしたレーラと会ったとき、正体に気付いていないふりをしたのは、わざとだ。つまり、演技である。


 なにせ、相手は「人間は愚か」とはっきり口に出すような、俺と同じがそれ以上の人間不信。

 そんな相手に真っ向から「好きだ」と言っても、断られるに決まっている。


 あるいは「魔石が目的で言っているのであって、本気ではない。自分を利用するための罠だ」と思われ、かえって不信感を抱くことになるだろう。俺も似たような思考回路をしているので、わかりやすい。


 だからあくまで他人として、「俺は名も知らぬ彼女のことを愛している」と言い続ける。


 自分に直接向けられる言葉はお世辞だと思って信用できないが、自分がいない場所で言われた賛辞や、他者から伝え聞いた話なら信じられる。人間とはそういうものだ。


 無論、一度だけで彼女に信じてもらえることはないだろう。むしろ「何言ってんだこいつ」と思われる可能性が高い。


 なら、今後も継続して言い続ければいい。

 彼女……レーラは平静を装っているつもりなのだろうが、俺の言動に動揺しているのは手に取るようにわかった。

 とはいえ、照れているわけではない。俺はそこまで自己陶酔者ではない。

 今のレーラには、困惑が強いのだろう。自ら掃除人になるような変わり者だし、これまで家族以外の人間に愛されたことがないのかもしれない。俺も、レーラに出会うまではフェリルのことしか大切に思えなかったので、俺達はやはり似た者同士だと思う。


 ……もっとも、「人間は愚か」なんて言いながら、惜しげもなく治癒魔石を使って他者を助けることのできる彼女は、俺よりずっと優しいと思うけれど。


 人が嫌いなはずなのに、困っている人を放っておけない。……彼女はそういう人なのだと思うと、たまらなく愛おしかった。


(……こんな感情を抱いたのは、君が初めてだよ。レーラ)


 だからこそ、もっと君に近付きたい。その心の内側に触れたい。


 ……そう。俺は君を、絶対に逃がさない――

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