6・公爵様の溺愛ルートらしいですが、全力で回避します!
公爵様⁉ この人、公爵様だったの⁉
顔は知らなかったけれど、名前だけは聞いたことがある。
ルヴェール・レヴァイゼ様。二十代半ばという若さで公爵となり、広大なレヴァイゼ領を統治していらっしゃる御方だ。
レヴァイゼはこの国で唯一の、魔石の鉱山を所有している領地である。
って……そんな御方に、魔石を勝手に再生してたとかバレたら、何らかの罰を与えられるのでは? 私、やばいのでは⁉
けれどルヴェール様は、私ではなくリヒューティとトラッシュに冷たい目を向けていた。
「オルデュール商会のリヒューティと、その夫だな。君達のことは調べさせてもらった。君達の勝手な判断で、そこの小さなお嬢さんの家に、魔石の販売を禁止するという非道な行いをしているそうだね」
「ご、誤解です、公爵様! その娘には問題がありまして、私は大人として、その子に礼儀というものを教えてあげるためにですね……!」
「この期に及んで言い訳とは、見苦しいな。調べさせてもらった、と言っただろう? そもそもの発端は、君達の不貞だそうじゃないか。それでその子を憎んで魔石の販売を禁止するなど、言語道断だ」
ルヴェール様は微笑を浮かべているものの、その目は、見る者を凍りつかせるように怖い。これがいわゆる「暗黒微笑」というやつでは?
「そもそもこの国の魔石は、我が領地で採れたものだ。オルデュール商会も、レヴァイゼ産の魔石を加工して商品化していたはず。だが俺は私怨による勝手な魔石の販売禁止など何も聞いていないし、商会の力を利用して個人を苦しめる行いを、心から軽蔑する」
「お、お待ちください、公爵様! そもそもトラッシュは、その子の家で酷い扱いを受けていたのです! ねえ、トラッシュ⁉」
「そ、その通りです! 私は家庭内で冷遇され、孤独だったのです。心優しいリヒューティは、私を思いやってくれたのです!」
トラッシュは、まるで悲劇の主人公のように言ってみせる。その目には、涙さえ浮かんでいた。
けれどルヴェール様は、そんな芝居がかった言葉に惑わされない。
「大人が、まして実の親が、そんな理由で子どもを傷つけて許されると思っているのか? 離縁するにしても婚姻関係は正当な手段で清算すべきだし、慰謝料や養育費の支払いは当然の義務だ」
「そ、それはその……私はしがない冒険者ですので、生活に困窮しておりまして……。支払いたくても支払えないのです」
「ほう。それについて、オルデュール商会の娘である君はどう思っているんだ?」
「どうって……私は、過去は振り返らない主義です! 私が愛しているのは今のトラッシュであって、彼の過去の行いは関係ありません。トラッシュの子ども達のことだって、私の子じゃないんですから、養育費の支払い義務もありません」
「それによって罪のない子どもが困窮することになっても、胸が痛まないのか」
「私に関係ないことで、なぜ私が胸を痛めなければならないのですか⁉ 私がその子の家に魔石の販売を禁止したことは、間違っていません!」
「……そうか」
ルヴェール様は静かにそう言った。短い呟きだけど、ひどく冷たい響きのように感じた。
「では今後、レヴァイゼ領は、オルデュール商会との取引は行わない」
「――えっ?」
リヒューティは、目を真ん丸にしていた。
ルヴェール様は、淡々と告げる。
「個人の感情で権力を行使し、魔石の販売を禁止することが間違いではないと。君は今、そう言っただろう? ならば俺も同じように、君の家に対し魔石の販売を禁止する」
「そ、そんな! 私が何をしたというのですか! 横暴ですっ!」
「高貴な者の義務として、無辜の民が苦しめられているのを、看過することはできない。悪しき者が正しく断罪されないことは、社会を腐敗させる。この国の秩序を保つのも、貴族としての役目だ」
「そんな……嘘! 何か企んでいるのでしょう! あなたは民に無償の愛を捧げるような人間ではありません! あなたが腹黒だって噂は聞いているんですから!」
「ははは。とんでもない暴言に聞こえるが、ある意味俺という男をよくわかっているとも言える。けどね、今回は本当に善意でその子を助けたいと思っているんだよ?」
にっこりと微笑むルヴェール様。その笑顔はよく見ると、美しいけど胡散臭い雰囲気があって、確かに腹黒そうというのは感じる。
けれど彼は、ふっと真剣な表情を浮かべた。
「……少し前に、とあることを言われてね。困っている人を助けるというのも、悪くないと思って」
……………………ん?
なんとなーく心当たりがあるような気が、しなくもないんですけど。
いや、まさかね。そんなわけないよね。
「そういうわけで、今後我が領地はオルデュール商会と取引はしない。その噂は、他の領主にもすぐ伝わるだろう。……覚悟しておくことだな」
オルデュール商会の強みは、魔石を用いた魔道具の販売である。
この国で唯一、魔石の鉱山を所有するレヴァイゼ領に取引を拒否されることは、死活問題だ。まして公爵様と揉め事を起こしたとなれば、他の貴族や商人達だってオルデュール商会との付き合いは避けるようになるだろう。
「そ、そんなの勝手です、おかしいです!」
「自分の行いは正義で、同じことを他者がすれば悪か? 随分と自分を棚に上げるのが上手なんだな。これは決定事項だ。後日、正式に書面で商会長に通達する」
「そ、そんなあああああああああああああっ!」
こうしてリヒューティとトラッシュの破滅は、確定したのだった――
◇ ◇ ◇
あの後、ショックを受けたリヒューティは「こ、こんなの嘘……お父様に言えば、きっとなんとかしてくれるはず……!」と混乱した様子のまま、トラッシュと共に逃げるように去っていった。
この場には、私とルヴェール様が残された形だ。
彼は、灰塗れの私にハンカチを差し出しながら言った。
「君も災難だったな。この辺りの商店には、もう二度と不当な販売制限などしないよう、俺から話をつけておく」
「あの……ありがとうございます」
「礼なら、とある女性に言ってほしい」
「……とある女性とは?」
「ひと月ほど前、この近くの森で、とある女性に弟の命を救ってもたったんだ。その女性に、言われてね。平民にも優しくしてほしい、と。……俺はその女性を探している」
ぎくーん。
やっぱりなんだか、身に覚えがあるぞ。
あのとき私は、変化魔石で大人の姿になっていた。だからルヴェール様も、あれが私だと気付いていないみたいだけど。
「ど、どうしてその女性を探しているのですか?」
「彼女は弟の命の恩人だからな。礼はいらないと言っていたが、それでは俺の気がおさまらない。そして、何より――」
ルヴェール様は、微かに目もとを染めて息を吐く。
美しいその姿はまるで、恋に憂う青年をモチーフにした芸術作品のようで……。
「初対面の相手を救ってくれた優しさ。そして、名も名乗らず去っていった謙虚さ。何もかもが素晴らしい。……俺は彼女に、恋をしてしまったんだ」
…………。
……………………。
いやいやいやいやいや、待ってぇー!
公爵夫人とか無理無理無理無理、無理ですからね⁉ 私は人間関係とか大嫌いだし、だから結婚願望もなくて、一生独身を貫くつもりなんだから! お貴族様からの求愛なんて困ります!
こうなったら、私の正体は、絶対に隠し通さなくては――!





