28・俺が捨ててしまったものは、真実の幸福だった(トラッシュ視点)
「そこ、作業をサボるな! 大罪人に休息があると思うなよ!」
囚人となった俺は、看守に監視され、罵倒されながら、毎日きつい囚人労働を強制される。今日の労働は重い荷物の運搬である。荷物を持ったまま無限に往復させられ、呪いの影響でただでさえ重い身体が、痛みで悲鳴を上げる。
どうして、こんなことになってしまったのだろう。
俺は、昔はエリー達家族のことを愛していたんだ。
ただ、酒や賭博は大好きだったのでやめることはできず、それによって家の貯金を全て失ってしまった。
だがちゃんと、悪いとは思っていたのだ。だからこそ責任を取るため、冒険者として金を稼ごうと、旅に出たのだから。
リヒューティと出会ったのは、彼女が森で魔獣に襲われているところを助けたからだ。
若く美しいリヒューティに、俺はひと目で心奪われた。なんと彼女も、俺を好きになってくれたのだ!
リヒューティに結婚をねだられ、俺は幸せの絶頂と同時に、苦悩した。俺はエリーと結婚してしまっているのだから、リヒューティと結婚することはできない。
あいつらさえいなければ、リヒューティと結婚できたのに! そう考えたら、エリーやレーラがなんとも邪魔な、諸悪の根源のように思えてきた。
そういえば、あいつらはお説教じみた言葉が多いし、酒だって、身体に悪いとかなんとか言って好きなように飲ませてくれない。レーラなんか、もっと母さんのために家事や育児をやれとか、子どものくせに、いちいちうるさい。なんて生意気なんだ、誰のおかげで食っていけてると思っているんだ?
それに比べて、リヒューティは俺を否定しない。彼女はなんて優しいんだ!
そうだ、エリーやレーラは、酷かったんじゃないか? あいつらが俺に冷たかったんだから、俺があいつらに冷たくても仕方ないよな? リヒューティに靡いても仕方ないよな! 悪いのはあいつらであり、俺は被害者なんだ!
そんな考えが膨れ上がり、エリーと離縁することにした。
離縁を突き付けることで、あいつらが今までの行いを反省し、泣いて縋ってくることを期待していたんだ。殊勝な態度を見せてくるなら、愛人くらいにならしてやってもいいかなと思っていた。突然捨てられるなんて、あいつらもかわいそうだしな。俺は寛大なのだ。
だが、エリーもレーラも、泣いて縋るような健気さは見せなかった。それどこか、慰謝料やら養育費なんて面倒くさいものを要求してきたのだ。離縁するってときに、金の話ばかりか? あいつらには、本当に情も何もないんだな。やはりリヒューティを選んで正解だった。
だが――そんな幸せは全て、塵のように崩れ消えた。
オルデュール商会がレヴァゼ領との取引を切られ、瞬く間に俺達の悪い噂がひろまり、商会に人が寄りつかなくなった。俺達はパーザーに怒鳴られ、食事は日に日に粗末になり、衣服などの私物はほとんど売られてしまった。大商会のお嬢様と結ばれたはずなのに、エリーと結婚していたときより貧しい生活を送る羽目になってしまったのだ。
生活が貧相になるにつれて、リヒューティの様子も変わっていった。
俺は、リヒューティは可憐で健気で、優しい子だと思っていた。
だが、彼女は次第に本性をあらわすように、俺への口調や態度がキツくなっていった。
特に、オルデュール商会でレーラと再会した日など、彼女は俺を殴ったのだ。暴力をふるうなんて最低じゃないか。
それに、魔道具でレーラ達を呪おうなんて言い出したときには、正直、「いくらなんでもやりすぎじゃないか」と内心は思った。
リヒューティは控え目で優しい女の子で、攻撃的に他者を呪うような子ではなかったはずではないのか。何かがおかしい、と心に引っかかりを覚えつつも……彼女がノリノリだったので、俺もつられてしまった。
だが結果として、魔道具による呪いは人々を苦しめ、俺達は大罪人として牢獄に入れられることになった。
そのときのリヒューティの、鬼のように泣き叫んだ顔が忘れられない。
「全部全部あんたのせいよ! あんたが、あのガキをあんな生意気に育ててなきゃすんだ話なのに! 私は悪くないのに、あんたのせいで私の人生は台無しだわ! うわああああああああああああああああっ!」
愛し合っていたはずの彼女からそう言われ、俺は呆然としていた。
リヒューティは、優しく控え目な女だったはずなのに。これが本性なのか。
そもそも魔道具で呪いをかけようと言い出したのは自分なのに、全部俺のせいにするのか。あいつは俺の、冒険者という肩書きが珍しくて結婚したかっただけで、最初から俺のことを愛してなんていなかったんじゃないか?
俺はリヒューティがレーラやエリーをあれだけ敵視し、オルデュール商会長の娘という立場まで使って魔石販売を禁じたのは、俺のために怒ってくれているのだと思っていた。俺が今まで奴らに冷遇されてきたから、俺を守るために行ってくれているのだと、その優しさに感動していた。
だが本当は、ただ全てが自分の思い通りにいかないことが不満だっただけなのだ。彼女を信じていたのに、裏切られた気持ちだった。
「はあ……はあ」
休憩もない重労働に身体が耐えられず、その場に倒れる。すると看守が俺に罵声を浴びせつつ、仕方なく、一日に二度だけである食事を差し出した。粗末な、冷たくて固いパンと水だけの食事だ。……エリーが作ってくれた料理が懐かしい。
リヒューティは料理をせず、家事は使用人に任せていた。その姿を、お嬢様らしくて素敵だと思っていた。だけど今となって思い出すのは、エリーの温かい料理だ。豪華ではないけれど、俺の健康を考えて作ってくれた、優しい家庭料理……。
(……どうしてだろう。思い出すのは、リヒューティでなく、エリー達家族のことだ)
嬉しいことがあれば分かち合ってくれた。俺が何か失敗したときは、叱るようなことを言いつつも、皆、俺に「しょうがないなあ」と笑ってくれた。風邪をひいたときには心配して、看病してくれた。俺が外から帰ってくると、みんな笑顔で「おかえり」と迎えてくれた――
なんでもないことだと思っていた日常が、今は、こんなにも愛しくて仕方がない。
どうして俺は、捨ててしまったんだろう?
俺が大切にすべきものは、リヒューティなんかじゃなく、エリーやレーラ達家族だったのに。
あいつらは、いつだって俺を心大事にしてくれていたのに。
俺は……俺が、捨ててしまったものは……こんなに……。
温かい家族。俺の、帰るべき場所。
どんなに手を伸ばしても、もう戻らない。
大罪人となってしまった俺は、一生この牢獄の中で呪われた身に鞭を打ちながら、囚人労働を続けるだけなのだ――
読んでくださってありがとうございます!
次回で完結ですので、よろしければお星様で評価していただけますと嬉しいです!





