29・灰汚れ少女、幸せになる
「ルヴェール様には、いろいろ聞きたいことがあります」
「へえ、君はそんなに俺に興味を持ってくれていたんだ。嬉しいな、なんでも聞いてくれ」
祝祭の後、レヴァイゼ邸に帰ってきて――私はルヴェール様と向き合っていた。
彼はにこにこと機嫌がよさそうだが、私はムカムカとこめかみに青筋が浮かびそうだ。
「フェリル様に治癒魔石を使った女性が私だと、いつから気付いてらしたのですか?」
「最初からに決まっているだろう? たとえ姿形が違おうとも、心から愛した人を見間違えることなんてないよ」
「…………では、なぜ気付いていると言わなかったのですか。なぜ、隠していたのですか⁉」
「おや。君だって、最初に言えばいいのに隠していただろう? お互い様だと思うなぁ」
「ぐっ」
そう言われてしまうと、それはそう。
痛いところを突かれ、私はこほんと咳ばらいをして、次の話題に移る。
「では、国王陛下へのご提案についてです。なんですか、あれは! 私を勝手に聖女なんてものにしないでください!」
「そうは言っても、祝祭の場であれだけ効果の強い治癒魔石を使ったんだ。俺が言い出さなくても、君は聖女として担ぎあげられていたよ。それが嫌なら、もっと人のいない場でひっそりと治癒魔石を使うなり、俺に任せるなり、とれる手段はあったと思うなぁ」
「ぐっ」
……それも、確かにそう。あの場で魔道具を使ったトラッシュ達は本当に愚かだけど、挑発に乗せられるように魔石を使ってしまった私も、冷静さが足りなかった。いやまあ、呪いによる被害が最小限におさえられてよかったんだけどさ。
むむむと頬を膨らませる私を見て、ルヴェール様はふっと笑みを浮かべる。
……なんだろう。それは、からかいとか、軽んじているわけではなく……ただひたすらに、愛しい相手に向ける笑みのようで。
怒っていたはずなのに、胸が高鳴ってしまう。
「君が人を嫌いなことも、平穏を望んでいることもわかっていた。だが、すまない。俺は、どうしても君が欲しかったんだ。身分の差によって俺達が結ばれないというのなら、君が公爵の妻に相応しい称号を得る必要があった」
穏やかな笑みが、妖艶な笑みに変わる。あああ、いちいちドキドキしてしまう自分が悔しい。
「これでもう、俺達を阻むものは何もないよ。愛しいレーラ」
「い、いえ! まだ私達には、問題がありますっ! 私達には、年の差があるじゃないですか!」
「君は、本当は大人なんだろう? 変化魔石で子どもの姿になるのをやめればいいだけじゃないか」
「えっ? いえ、子どもの姿が、私の本当の姿ですよ? むしろ大人版が、変化魔石を使った偽りの姿です」
「…………え?」
今まで全て計算通りという顔をしていたルヴェール様が、初めて動揺を見せた。
腹黒で何もかもお見通しって感じの人なのに、こういう顔もするんだ。ずーっと掌で踊らされていたから、ようやく意趣返しできた気分。
「まあちょっと、私は転生者であり前世の記憶があるので、精神年齢は大人ですが」
「そんな重大なことを『まあちょっと』なんて前置きで言わないでほしいものだが」
「いずれにせよ、この世界の私は子どもですから!」
「……ふむ、困ったな。大人として、子どもに手を出すわけにはいかない」
「そうですよね! では、私のことは諦めて――」
「わかった、君が成人するまで待とう。それまでは、婚約者という肩書きだけで我慢する」
「いや諦めましょうよ⁉」
「俺が君のことを諦めるわけがないだろう?」
ルヴェール様はにっこりと笑いつつ、圧をかけてくる。どうやら私は、とんでもない人に好かれてしまったらしい。
「愛してる、レーラ。俺はずっと、君の傍にいたい」
「う……ぐ……」
「ふふ、顔が赤くなってる。その反応からして、君も嫌がっていないようで、嬉しいよ」
「ル……ルヴェール様のことは、嫌いじゃないですけど! でも私、公爵夫人とか、やっぱり嫌なので! これからも、隙あらば逃げるつもりですから。覚悟してくださいね⁉」
「おや。覚悟してほしいのは、こちらのほうだよ? 俺は君に、逃げる隙なんて、絶対に与えない。一生囲ってあげるよ、愛しのレーラ」
……ああ、もう! 悔しい、ムカつくと思うのに、嬉しくて仕方がない。
私は、人間なんて大嫌いだったけど。
人を愛するって、こういうことなのかな――
……そう思った、その瞬間。
私の身体から、淡い光が生まれた。
同時に、テーブルの上に置いてあった魔石が輝いて――
「え……な、何……⁉」
――次の瞬間、魔石だったものが、一匹の生きたスライムになっていた。
「ええーーーーーっ⁉ なんか、スライムが生まれたんですけど⁉」
「本当だ。生物として絶滅したスライムが、まさか復活するとは……」
「な、なんで? 一体、どういうことなんですか⁉」
「ふむ……君の愛によって、奇跡が起きたんじゃないか? 何しろ君は、『灰に愛されし掃除人』。君の愛は、周囲に祝福を与えるのかもしれない」
「適当なこと言わないでください!」
「あながち間違いでもないと思うんだが。スライムといえば弱い生物だが、そのスライムはなんだか特別な空気を感じるしな……奇跡としか言いようがない」
スライムは私のほうに寄ってきて、すりっと遠慮がちに私の手に触れる。
ぷにぷにしていて、ミニマムで、なんだかとても愛らしい。
「可愛い……この子、私が育ててもいいですか?」
「君が望むなら、構わないよ。俺は、妻のおねだりはなんでも叶えたいと思っているからね」
「ありがとうございます。でも、妻じゃないです。全然妻じゃないです」
しっかりと否定しつつ、スライムを掌に載せる。
「ふふ。これからよろしくね、スライムさん」
そう言って撫でると、スライムはなんだか、とても嬉しそうに見えた。
その姿を見ていると、なんだか、自分でもよくわからないけれど……温かな涙が込み上げてくる。
「姉さん、それ何⁉」
「ぷるぷるしてて、可愛い~!」
「あら、本当だ。レーラ、それはなんの生き物?」
「まさか、スライム? 絶滅したはずなのに……」
そこで、シンにデリア、母さんに、フェリル様。皆が集まってくる。
「レーラの力で、魔石からスライムが復活したんだ。やはり、レーラはすごいな」
「マジで⁉ 姉さん、すげー!」
「スライム、わたしにも触らせて~!」
「ふふ。レーラは自慢の娘よ。もちろん、デリアとシンも自慢の子だけど」
「本当にすごいな。君達と友達になれて、僕も誇らしい」
皆それぞれ、優しい笑顔を私に向けてくれる。
人が嫌いだったはずなのに、気付けばたくさんの人達に囲まれている。
でも、それが少しも嫌じゃない。だってここにいるのは、私にとって愛しい人達ばかりだから。
母さんが離縁してから、いろいろなことがあった。辛いことも、困ることもあったけれど。
でも、ルヴェール様と出会うことができた。レヴァイゼ邸で母さんもシンもデリアも幸せそうだし、フェリル様というお友達もできた。
そして今こうして、皆で笑い合うことができている。
(うん。私は――幸せだ!)
薔薇色じゃなく、灰色の幸せだって悪くない――そんなことを、思ったりするのだった。
読んでくださってありがとうございます!
この作品は、これにて完結です。
他の作品としましては、TOブックス様から『黙って我慢してもいてもいいことなんてなかったので、ブチギレます』1~3巻、ベリーズファンタジー様から『気弱令嬢は我慢の限界を迎えたので、今から「御礼」いたします~レアスキルを活かした結果、いつの間にか隣国で大活躍していました~』が発売中です、よろしくお願いいたします!





