27・灰の魔女の物語
これは、遥か遠い昔。この国アッシェンプッテルの、忘れ去られた過去のこと。
レヴァイゼ領の山の中に、「灰の魔女」と呼ばれる者が住んでいた。魔族ではなく人間なのだが、あまりに魔力が強すぎて人間達から異端とされ、忌避されていた。
誰もが彼女に「不気味」「汚らわしい」と吐き捨てた。
恐ろしき魔女を狩って自分が英雄になろうと、彼女の命を奪おうとする者も大勢いた。
だからこそ灰の魔女は、人間を嫌った。
そんな彼女が唯一友だと思っていたのは、スライムだ。
スライムはあまりにも弱い生物であるがゆえに、人々から馬鹿にされていた。倒したところで得られる経験値が低すぎるため冒険者のレベル上げにも使われず、ただただ人々から嘲られていた。
強すぎて人から忌避される魔女と、弱すぎて人から嘲笑されるスライム。
真逆なようでいて、人々から酷い扱いを受けているという点で、魔女とスライムは互いに共感できたのだ。
人嫌いな魔女は、スライムとだけは仲良くなった。スライムは人ではないから。
魔女とスライム達は、仲良く暮らしていたが――
やがて人々は進化し、灰の魔女ほどではなくとも、一部の者は自由に魔法が使えるようになった。後に、貴族と呼ばれる者達の出現である。
だが人間達が己の利益ために魔法を使ったり、他国に侵略するため魔法を使ったりたび、少しずつこの国の空気は変わっていった。魔法の余波による環境汚染だ。
それは、普通の人間達には全く影響のない程度のものであったが、非常に弱い生物であるスライムには、耐えられないものであった。スライム達は、このまま自分達が絶滅することを悟った。
そんなスライム達が、灰の魔女に訴えた。
――アイ、シテ……アイシテ、ホシイ。
――ダカラ……アナタノ、チカラデ――ワタシタチヲ、カエテ。
魔女は、魔法でスライムと会話することができた。スライム達の主張は、こうだ。
私達はとても弱くて、何もできず、もう生き残ることもできない。
でも、人の役に立ちたかった。
愛してほしい。だからあなたの力で――私達を、変えて。
その願いに、灰の魔女は眉を顰めた。
「人間は、あなた達をさんざん馬鹿にしてきた。そんな人間達の役に立ったり、愛されたりする必要はないでしょう」
けれどスライム達は、意見を変えなかった。
――それでも、人が好き。人の役に立ちたかった。
「…………」
人間が大嫌いな灰の魔女には、スライムの願いは理解できない。
だが人間不信の灰の魔女にとって唯一、友と思えた相手の、最後の願いなのだ。叶えてやりたいと思った。
「私はあなた達を生かすことも、転生させることもできない。私は魔女であって、神や天使ではないから。だけど……あなたを石と化して存在を残し、人々の魔力の源とすることならできる」
灰の魔女の言葉を、スライム達は嬉しそうに受け入れた。
灰の魔女は、スライム達が死んだ後、魔法で石化させた――こうしてこの国に、魔石が生まれた。
スライム達は、動きが遅いことと魔力の出力が苦手だったため弱い魔法生物とされていたが、内に秘めた魔力量に関しては、魔石として使うには充分なものだった。
魔石は魔力を持たぬ人々にとって大事な魔力の源となり、人々は魔石の存在に感謝することになった。
しかし、灰の魔女が自分で言った通り、彼女はあくまで灰の魔女であって、神や天使ではない。魔石は完璧ではなく、魔力を一定以上使うと、休眠状態として灰色に化してしまう。人々はそれを「魔灰」と呼んで嫌悪した。灰の魔女は、人々が魔灰を雑に扱うところを見て、激怒した。
「やっぱり、人間って愚か。……スライム達はどうして、『それでも人間が好き』なんて言っていたのかしら。愚かな人間に、愛する価値なんてないのに……」
灰の魔女は大きくため息を吐きながら、独り言を零す。
「灰の魔女なんて、皆から嫌われて面倒だし、友達を生かす力もないし、もう嫌だな。もし生まれ変わりがあるなら、次は魔女とかじゃなく、もっと普通な存在になりたいわ」
……そうして灰の魔女の願いは叶い、その後普通の人間として、ここからは異世界である日本に生まれて。
そして再び、またこの世界に転生したわけなのだが――
……そのレーラ本人はまだ、何も気付いていない。
◇ ◇ ◇
●もう存在しない、かつて存在した魔法生物の記憶
人間から嘲られた私達が、どうしてそれでも人間を好きなのか、あなたは不思議がっているかもしれないけれど。
――だって、灰の魔女。あなたは人間だから。
あなたは人間を嫌うけど、そんなあなたも人間だ。
だから私達は、人間全てを嫌わない。
あなたが、いたから。
私達はとても弱く、長くは生きられなかった。環境の変化に耐えられず、あなたを置いて、あなたより先にこの世界からいなくなってしまうことがわかった。
――それでも私達は、あなたの傍にいたかった。
私達はここにいる。石になってずっと、あなたの傍にいる。
いつかあなたが生まれ変わり、そのときは魔女ではなくなっても。石になった私達は時を超え、あなたの役に立つよ。
寒いときは、火となってあなたを温める。
渇いたときは、水となってあなたの喉を潤す。
風にでも、氷にでも、私達は何にでもなりましょう。
魔力を消費しすぎてしまっても、仲間達と合体すれば新しく生まれ変わるよ。
……そう、私達は魔石として、何度だって生まれ変わり、あなたの力になる。あなたの笑顔が見たいから。
だってあなたは、皆から嘲られた私達の、たった一人のお友達だったから。
この身が朽ちて、灰になっても、ずっとあなたの傍にいる。
だから、あなたが人を嫌いでも、寂しくないよ。
……でも、いつかあなたが人間のことも愛せるようになったら、それもきっと素敵なこと。
どんな形でも、私達はずっと、あなたの幸せを願っている。





