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26・灰汚れ少女、聖女になる

 この治癒魔石は、以前よりレベルアップした私が作ったものである。よって、効果も以前より更に高い。

 起動石を使って効果を発動させると――眩い光が、周囲一帯を包む。


「こ、今度はなんだ⁉」

「呪いも、呪いの紋様も消えている……」

「今まで呪いで苦しかったのに、楽になった!」


 光が、宙を漂っていた灰色の呪いを消し去ってゆく。同時に、人々の身体に浮かんでいた呪いの紋様も全て消えた。魔道具の影響を、全て塗り替えたのだ。まるで、ネット小説の聖女が使う浄化か、広域治癒(エリアヒール)のようだった。治癒魔石の効果、すごい!


「な……⁉ な、なんであんたに、そんなことができるのよ……!」

「嘘だろ……レーラはただの、汚い子どものはずで……」


 トラッシュとリヒューティは、呆然としているが……そんな中に、よく通る声が響いた。


「素晴らしいな! なんだ、今のは」

「え、――っ!」


 その姿を見れば、ひと目で誰だかわかる。

 頭には王冠。この国の誰より上質な外套(マント)を纏い、王杖を所持したそのお姿。大勢の従者達を引きつれていることといい……。


「国王陛下」


 ルヴェール様が、陛下に挨拶をする。私も、彼の隣でその挨拶を真似た。


(うわああああ、初めて見た! 光栄とか何より、めちゃくちゃ緊張するっ!)


 叶うなら、今すぐ逃げ出したいくらいだ。ただでさえ他者とのコミュニケーションが苦手なのに、国で一番偉い王様とか関わりたくない!


「今の一件、見させてもらった」


 陛下のお言葉に、トラッシュとリヒューティが顔を真っ青にする。


「ご、ご覧になっていたんですか⁉」

「そちらの二人が怒鳴り声を上げていた際、従者達が気付いたのだ。あれほど大きな声で騒いでいれば、当然であろう」


 確かに、私は怒鳴っていないけど、トラッシュとリヒューティはうるさかった。


「それより、其方。先程の治癒魔石はなんだ? 周囲一帯の呪いを浄化し治癒するなど、あまりにも絶大な効果ではないか! あのような魔石は見たことがない」

「え、ぁ、う」


 お褒めいただき光栄だけど、私はコミュ障である。よりにもよって国王陛下を前にして、上手く話せるわけなんてない。


 すると、ルヴェール様がすっと挙手した。


「その件に関しましては、私からご報告いたします」


 ありがとうございます、ルヴェール様! こういうときは頼りになります!


「彼女は我がレヴァイゼ領の専属魔石再生師でして、特殊スキルにより、非常に効果の高い治癒魔石を生成できるのです。今のをご覧になって、おわかりいただけたでしょう?」

「ああ、実に素晴らしかった。実を言うと、私や王女、城の騎士達も、最近呪いに悩まされていたのだ。だが、今は実に気分がいい」


 陛下は治癒魔石の効果に、大変満足してくださったようだ。これなら特になんの問題もなく終われるだろうと、内心でほっと胸を撫で下ろす。


 ルヴェール様は優美な笑顔で、陛下との会話を続ける。


「陛下。これほどの効果を発揮する治癒魔石を人工的に生成するなど、歴史的な偉業ですよ」

「うむ。確かに、素晴らしかったな」

「つきましては、彼女の功績を称え、爵位を与えるというのはいかがでしょうか?」


 ――えっ?


「そうだな。この場にいる民を呪いから救ったその行いを称え、その者に聖女の称号を与えよう。聖女は上級貴族と同等の扱いとする!」


 王がこの観衆の前で宣言し、わあっと、周囲から割れるような拍手と歓声が起こった。


「聖女様! ありがとうございます!」

「聖女様が、呪いから我々を救ってくださった!」


 へ? 何? 聖女? 私が聖女??

 いやいやいやいやいや! 私の力じゃないから! 魔石の力だから!


「後日、正式に聖女の称号授与式を行う」

「ありがとうございます、国王陛下」


 私は何も言っていないのに、陛下とルヴェール様の間で勝手に話が進められてゆく。止めたいのだけれど、さすがに国王陛下に意見する勇気はない。オロオロと困惑するしかできない。


「――そういうわけで、身分の差の問題は解消できそうだね? 愛しのレーラ」


 ルヴェール様が、にっこりと私に笑顔を向ける。

 非常~にいい笑顔である。


 ……何これ。どこまでルヴェール様の思惑通りなんですか??

 ていうか、えっ? ルヴェール様、私がレーラだって知っても、なんの驚きもないんですか? まさか気付いてたんですか? 気付いてて、気付いてないふりしてたんですか?


 ……もしかして私、完全に外堀を埋められたんですか???


 私がこんなに困惑しているのに、ルヴェール様はとても優美な笑みを浮かべている。

 こ、この男~~~~~~~~~!


 拳を握り固める私と対照的に、ルヴェール様はトラッシュ達に向き直る。


「人々を救う善良な行いには、褒美を。そして……」


 にこり――非常に穏やかで優美な笑みなのに、なぜか、氷のような冷気を感じた。


「罪人には、罰が必要だね?」


 数多の民達、何より貴族や王族も集まる祝祭で呪いを撒き散らしたのだ。

 トラッシュとリヒューティが、無事でいられるはずがない。

 なのに二人は、諦め悪く、まだ縋ろうとする。


「陛下! その女は、聖女になるのでしょう⁉ こちらのトラッシュは、聖女の父親ですよ⁉ 聖女の父親と、彼が選んだ女性を罰するというのですか⁉」

「そうです、罰なんて、勘弁してください! そんなことをすれば、娘は傷つきます!」


 ――は?


「私には、他にも子どもがいるのです! あなた方は、子どもから父親を取り上げるような真似をするのですか⁉ あまりにも非道な行いではありませんか!」


 ふざけるな。親らしいことなんてせず身勝手に私達を捨てたくせに、私を娘と呼び、周囲の同情を引くための道具として利用することは許さない。


 怒りと呆れで身体が冷えてゆくのを感じつつ、口を開く。



「そんな人、私の父親ではありません」



 私の言葉に、トラッシュが目を丸くした。……え? 何その反応? どうして私があなたを助けると思っていたの?


「レーラは俺の娘じゃないか! 父さんがいないと寂しいだろう⁉ 素直になるんだ!」

「あなたが不貞し、母に離縁を求めたことで、もう私達の縁は切れています。家族を裏切った人を、父などと呼ぶ気はありません。私とあなたは他人です。今後、私があなたを父と呼ぶことはありませんし、あなたが私を娘と呼んで自分の盾にすることも許しません」

「そ、そんな。俺はこんなにお前を愛しているのに、そんなふうに嫌うなんて悲しいよ……」

「嫌われることをしたのはあなたです。そして、そうやって自分が悪いのに、謝罪すらせず被害者ぶるところも嫌われる原因だと、いいかげん自覚したらいかがですか?」

「お、お前! 親を捨てるのか⁉ なんて薄情な子だ!」

「最初に捨てたのは、あなたです。だから私も、あなたを捨てる。それだけのことです」

「そ、そんな! 後で絶対後悔するぞ! 大体レーラ、お前はよくても、まだ幼いシンやデリアには、父親が必要なはずだ!」

「だから、不貞して家族を捨て、慰謝料も養育費も払わなかったのはあなたでしょう。そんな最低限の義務すら果たさない父親など、誰にも必要ありません」


 私がトラッシュに冷めた目を向けていると、ルヴェール様も彼に厳しい視線を向けた。


「レーラの言う通りだ。トラッシュ、貴様の『元』家族ついて、心配する必要は全くない。レーラのみならず、エリーもシンもデリアも、私の屋敷で保護している。もう皆、貴様のことなど忘れて幸せに暮らしているぞ。誰も貴様の話題など口にしない」

「――な」


 トラッシュがあんぐりと口を開けたところで、私も追撃する。


「ええ。あなたと暮らしていたときより、私達、今のほうがずっと幸せです。あなたが母さんと離縁してくれて、本当によかった」


 ほほ、と笑うように手を口元に沿えれば、ルヴェール様から贈られた腕輪の宝石が光る。


 ルヴェール様から贈られた美しい衣服や装飾品は、現在の私達の幸福を物語っているようだ。トラッシュと暮らしていた頃は、彼が散財ばかりするせいで、平民用の装飾品すら買えなかったから。


 外見が全てという考えを肯定したいわけではない。ただ今この場で、トラッシュとリヒューティ相手に対しては、この「目に見える幸せ」はよく効くだろう。


「そ……そん……な……」


 トラッシュは愕然としていた。まるで魂が抜けたかのようだ。


 ――どこまでも、愚かな人。自分から手放したくせに、縋られなかったら傷つくなんて、傲慢にもほどがある。


 自分は平気で人を傷つけるくせに、自分が傷つけられると大袈裟に痛がる人間だ。そんな悲劇のヒーローごっこに付き合ってやるほど、私は暇ではない。


「ちょっとあなた、いくらなんでも言い過ぎ……ごほっ」

「ぐっ、今度はなんだ……げほ⁉」


 トラッシュとリヒューティが、急に苦しそうに、その場に膝をついた。

 よく見れば、彼らの額に、呪いを受けた証である灰色の紋様が浮かんでいる。


「さっきの魔道具で、自分達も呪われてしまったようですね。……私の治癒魔石が効いていないのは謎ですが」

「あの治癒魔石を生成したのは、君だからね。君が癒したいと思わなかった者に、その効果は届かないのかもしれない」


 ああ。私、治癒魔石を使うとき、こいつらを助けたいとは微塵も思わなかったからね。


「く、苦しい……! 治癒魔石を……!」

「あら、何を言っているのでしょう。以前、魔灰から魔石を再生できるわけないと、そんなものは汚いと嘲笑したのはあなた達でしょう?」

「そ、そんな……!」


 地面に這いつくばって助けを求める二人を、王国騎士団が囲む。

 もちろん、救済のためではなく、逮捕のために。


「貴様らは、王都に甚大な被害をもたらそうとした大罪人だ。生涯、自由はないものと思え」

「そ、そんな! 嫌ああああああああああああああああ!」

「お、俺が悪かった! だから、助けてくれええええええええええ!」


 彼らの叫びに、応える者はいない。

 王都、それも王族のいる祝祭で呪いを振りまいた罪は重い。彼らは一生、牢獄から出られることはないだろう。


 それにこの国では、罪人は呪いにかかった場合、治癒されることはない。貴重な治癒魔法を、罪人のために使う理由などないからだ。


 トラッシュとリヒューティは、一生呪いに苦しみながら、囚人労働をすることになるだろう。囚人が労働で稼いだ金は被害者救済にあてられることになる。トラッシュの稼ぎから私達の養育費が渡されるかもしれないが、受け取りたくない。魔石の販売が開始されれば、金銭には困らないし。トラッシュの稼ぎは、親に捨てられた子ども達のための寄付金にでもあててもらおうか。


 ――いずれにせよ、もうこれで一生、あいつらと顔を合わせずにすむ。

 そう考えると、心が晴れ晴れしていた――

書き終わりましたので、本日は二回更新にしました。

明日も二回更新の予定です!

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