25・悪役達、破滅確定
国王陛下の演説が始まるまで、私とルヴェール様は祝祭を見て回っていた。
「ルヴェール様、あちらも見てよろしいですか? 王都の街並みに興味がありまして」
「ああ、行ってみよう」
大通りを一通り見て回ると、私は裏道に入ってみたくなった。
裏道にはほとんど出店が出ていないけれど、王都の裏道は他の領地と比べてどの程度整っているのか、綺麗なのか、掃除人として興味があるのだ。
人混みにも疲れてきたので、人通りがない道を歩くのは、休憩的な意味でもちょうどいい。
ルヴェール様と二人、気ままに歩いていたのだけど――ふと、聞き覚えのある声がした。
「やっぱり、祝祭の王都を狙って正解だったな。どこも客の対応に忙しいからこそ、隙がある」
「ふふ、間抜けな奴ら。盗まれるほうが悪いのよね!」
ルヴェール様と共に、身を隠しながら二人の会話に聞き耳を立てる。屋台の売上金を盗んだらしい。一人が客としてお店の人の注意を引き、その隙にもう一人が金を盗ったのそうだ。
なお、人間不信な私は、知り合いも多くない。「聞き覚えのある声」なんてほとんどないわけで。――こいつらと王都の祝祭で出くわすなんて、本当に考えたくなかったけど。現実は受け入れなければならない。
「貴様ら、本当に懲りないんだな」
ルヴェール様が、呆れた声を出す。するとその二人――トラッシュとリヒューティがこちらを振り返って、目を丸くした。
「な、なんで公爵様がここに⁉」
「一年に一度の祝祭だぞ。俺がいることがそんなにおかしいか?」
「い、いえ。祝祭を楽しんでいらっしゃるようであれば、何よりです。おほほ……それでは」
「待て。俺が、窃盗犯を見逃すと思っているのか?」
二人は、ギクッと身体を震わせたあと――
リヒューティは、目に涙を浮かべた。
「盗みなんて、したくてしているわけないでしょう! 私達がこんなことをしなければならないのは、もとはといえば、あなたのせいじゃありませんか!」
「責任転嫁することしか能がないのか? 貴様らの現状は、貴様ら自身のせいだ」
「公爵様が、理不尽にオルデュール商会との取引を切ったせいでしょう!」
「そうです、いいかげんにしてください! 私達はあなたのせいで、本当に困窮しているんです!」
「いいかげんにしてほしいのは、こちらだ。先にレーラを傷つけ、取引を切られてもなお己を省みなかったのは貴様らだ」
「レーラ、レーラって。あんな子のこと、公爵様には関係ないじゃないですか。あの子どものことは単なる建前で、本当は私達を苦しめるのが楽しいのではないですか⁉」
トラッシュとリヒューティは、自分達が悲劇の主人公であるかのように大仰な仕草で言う。
「そもそも公爵様はレーラを庇ってばかりですが、あの子のことは、父親である私が一番わかっています! あの子は恐ろしい子なのですよ、子どもだからといって油断してはなりません! 私はあの一家から、酷い仕打ちを受けていたのです。妻のエリーも、シンもデリアも、本当に冷酷で……」
トラッシュ達の惨めな姿を見ることで呆れ果て、燃えカスとなりかけていた自分の怒りに、再び火が点くのを感じた。
――私だけのことならともかく、母さんや、シンやデリアのことを悪く言うな!
そんな思いが迸り、私は口を開いていた。
「……よくそんなふうに、自分のことを棚に上げられますね。仕事も家事も育児も全部母さんに任せっぱなしで、自分はいつもお酒とギャンブルに溺れ、家の貯金を使い果たし、親の義務も何も果たしていなかったのに」
「は? 誰だ、お前。何も知らない女が口出しするなよ」
「あなたはシンとデリアが生まれて母さんが育児で大変なときに、『その子達、俺に懐かないしー、俺より母さんのほうがいいんだろ? だから、世話は全部母さんが頼むよ』なんて言って、シンとデリアにごはんを食べさせたり、寝かしつけたりなんて一切しなかった。母さんのために料理をすることすらなかった。母さんが寝不足で辛い思いをしている中、一人だけ酒場に行って酔っぱらっていた」
私が事実を連ねると、トラッシュは「なんでそんなこと知ってるんだ⁉」とばかりにぎょっとしていた。
「まさかお前……レーラなのか⁉」
そうだ、今の私は変化魔石で大人の姿になっているのだった。
これでルヴェール様にも、私の正体がバレてしまった。……でも、仕方がない。
ずっと正体を隠し通したまま、彼の想いを受けているわけにはいかない。これで嘘吐きだと軽蔑されても、それは私の責任であり、私の罰だ。
ルヴェール様には、後でお話しすることにして……今は、トラッシュに向き合った。
「わけがわからない。なんでお前、そんな姿になっているんだ!」
「……以前ルヴェール様から、私が魔灰から魔石の再生を行っていることは、あなた達も聞いたでしょう? 魔灰から変化魔石を生成し、その力でこの姿になっています」
リヒューティは、私の言葉を鼻で笑った。
「嘘言うんじゃないわよ! 変化魔石は、身体の一部を変える程度の効果で、しかも持続時間は数分。そんなふうに全身を、長時間変化させておける魔石なんて今までなかった! そんなものをあんたが魔灰から作れるわけない。どうせ、ルヴェール様の権力とお金でなんとかしてもらったんでしょう? 男に縋るしか能がないなんて、いやらしい子!」
「どの口が言っているんですか……? 既婚者に手を出す人間のほうが、よほどいやらしいですよ」
「姿が変わっても、中身は本当に生意気ね! 大体あんた、呪いにはかかっていないの⁉」
「え? ……ああ、現在流行している謎の呪いですか? 私はなんともありませんが……」
今のところ、呪いが流行しているのは、王都とガーベッジ領だ。
私はずっとレヴァイゼ邸にいたため、特に影響を受けていない。
「チッ、なんなの、本当に役に立たないんだから……!」
……役に立たない? その言い方が、なんだか引っかかる。
まるで、リヒューティが私を呪おうとし、思い通りにならなかったようじゃないか?
そういえば、ガーベッジ領はオルデュール商会のある地だ。オルデュール商会は様々な魔道具を取り扱っているし、まさかこの呪いの件に、トラッシュとリヒューティが関わっているのでは?
(逆恨みで私達を呪おうとして、無関係の人々にも呪いを振りまいた、なんて馬鹿すぎて考えられないけど……。でもこの二人、本当に想像を絶する愚か者だからな)
自白を引き出すため、挑発してみることにする。
感情的な奴らだから、ちょっとつつけば、すぐ本性を出すだろう。
そう考え、あえてにっこりと上品に微笑み、けれど目だけは、彼らを嘲るように細める。
「ああ、なるほど……。あなた達が、魔道具を使って、私達を呪おうとしたのですね? でも目論見が外れて、罪のない人々を呪ってしまった、と。悪事に手を染め無関係な人達に被害を出すなんて、どこまで愚かなのでしょうか。それで被害者ぶっていられるのが不思議です。これだけの加害行為を行っているというのに、それを自覚できる理解力すら持ち合わせていないのですね」
私の言葉に、彼らはかっと頭に血が上ったようだった。
リヒューティが、鞄から何か、箱型の魔道具を取り出す。禍々しい魔石がはめこまれたそれは、いかにも呪いの道具だった。
「なんですってぇ⁉ 今度こそ呪ってやるわ!」
「パーザーから隠すためだが、この魔道具を持ち歩いていて正解だったな!」
どうやら彼らは、自白どころか、この場で現行犯になってくれるらしい。はい、完全なる破滅確定。
本当に、人間は愚かだ。いや……。
こいつらが、特別に愚かなんだ。いくらなんでも、こいつらと一緒の存在にはなりたくない。
リヒューティが魔道具を発動させ……そこから、灰色の靄が噴出する。
靄はやがて膨れ上がって旋回し、灰色の竜巻と化す。
大通りのほうから、人々の悲鳴が聞こえてきた。
「うわっ⁉ なんだ、これは⁉」
「ひ、ひいぃっ! 身体に、呪いの紋様が……」
「身体が、急に重くなった。苦しい……!」
「この灰色は、呪いを振りまいているのか⁉」
「助けて! 誰か、助けてくれええええええ!」
幸福に包まれていた祝祭が、瞬く間に阿鼻叫喚の渦に呑まれてゆく。
リヒューティの使う魔道具のせいで。
魔道具……つまり魔石が使われている道具だ。
治癒魔石や変化魔石だけでなく、元となったスライムが呪いを摂取することで、呪い魔石も生まれたのだろう。
だけど魔石は、こんなふうに使われるためのものじゃない。
魔石は、人を幸せにするためのものなのだから――
「…………許せない」
自分でも不思議なほど、憎悪が沸々と湧いてきて、止まらない。
私は、何かあったときのために隠し持っていた治癒魔石を取り出した。
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