24・公爵様の企み
祝祭は、昼は平民の祭りなので、売られているお菓子も貴族のように贅沢な砂糖菓子などではない。
でも、私はそもそも平民育ちだ。屋台で売られているお菓子の中には慣れた味のものもあるし、ダストリア領にはない味付けのものもあって、食べ比べるのが楽しかった。ルヴェール様も、平民の料理やお菓子を興味深そうに口にしていた。
食べ物だけでなく、人々がオカリナのような楽器の演奏に合わせて歌ったり踊ったり、中には大道芸のようなことをしている人もいたり。
前世では友達も恋人もいなかったし、私は一人でお祭りに行けるタイプの人間でもなかったので、賑やかな場に行ったことがあまりなかったし、自分には合わない気がしていた。
だけど、意外と……こういうのも、悪くないかもしれない。
「……ふふ」
ふと、ルヴェール様が甘い笑みを浮かべていることに気付く。
「どうしました?」
「いや。君の楽しそうな顔を見ているだけで、幸せでね」
「もう。またそういう……」
私は、小さく息を吐く。
「ルヴェール様は、私を美化しすぎです。確かに私は治癒魔石でフェリル様を救ったかもしれませんが、それは私に慈悲や博愛の精神があったからではないのです。むしろ真逆で……」
どうせ、幻滅してもらえればいいと思っていたのだ。ありのまま、正直に話す。
「……私は、人が苦手です。他者を信じることができないのです」
人なんて、できれば関わりたくない。他者に合わせたり、気を遣うのは苦手だし、コミュニケーションも上手くいかない。
親切にしてくれる人にだって、裏では自分の悪口を言っているんじゃないかとか、何か企んでいるんじゃないのかとか、常に疑ってしまう。
そんな性格の悪い自分のことが、一番嫌いだ。
けれどルヴェール様は、まっすぐに私を見たままで……。
「それの何が悪いんだ?」
「へ?」
さらりと言われ、きょとんとしてしまう。
そんな私に、彼は、当たり前であるように言った。
「他者に対し警戒心を抱くことは、自分を守るうえで重要なことだ。君は、自分や家族を守るため、相手を見定めようとしているだけだ」
「そ……そう、でしょうか」
「ああ。それに、別に俺だって人なんか信じていないし、必要がなければ関わらない。立場的に社交が必要だから仕事として立ち回っているだけだ」
私は人が苦手で、コミュニケーションが苦手で。人付き合いで上手く立ち回れる器用な人を、心のどこかで羨ましいと思っていた。
でも、私からは器用に見えるルヴェール様だって、人としての悩みや苦しみを抱え、日々もがいているのだろう。それを、優美な笑顔の仮面で、周囲に悟らせないだけだ。
「俺は、君がおかしいとは思わない。むしろ、とても愛おしいと思う」
「…………」
そうか……それで、いいのか……。
前世の私は、学校でも職場でも、家族間ですら、孤立していた。
私は人の輪に入っていけないし、馴染めない。そんな自分が駄目だと思っていた。
だけどルヴェール様は……そんな私を包み込むように、丸ごと受け入れてくださる。
なんだか、悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。
胸が、とくんとくんと柔らかな鼓動を刻んでいる。
目には、じわりと熱いものが浮かんだ。
「……私は人が嫌いです。人は愚かだと思っています。――でも」
ふわふわした心地のまま、そっとルヴェール様の服をつかむ。
「ルヴェール様のことは……嫌いでは、ないです」
……あれ? なんか私、変なこと口走っちゃってない?
私の言葉に、ルヴェール様は微かに目を見開き、驚いているようだった。
こちらを見つめる、もう見慣れたはずの青い瞳。今は、妙に新鮮に思える。
……ああ、そうか。いつもより目線が近いんだ。
普段の私は子どもの姿で、彼と顔の距離が遠い。
だけど今、私達の距離は……とても、近い。
……いやいや、待て待て! なんだか一時のテンションに流されちゃってるけど、だからといって公爵夫人になるのは無理だし! ルヴェール様は悪い人じゃないけど、それとこれとは別!
「あ、あの、すみません。嫌いじゃないというのは、友人とかそういう意味で、ですので。お気になさらず」
「俺は友人ではなく、一人の女性として、君に好意を抱いている」
「……!」
あ、あれ? なんだろう。私、めちゃくちゃ顔が熱くなってるし、胸が異様にドキドキしている。
「い、いやいやいや、あの、でも!」
「でも?」
「やっぱり、無理です。私達には、身分の差がありますし……」
私が公爵夫人として社交するのが嫌というのもあるが、平民に入れ込むなんて、ルヴェール様の評判を傷つけることに繋がる。
貴族は、利のある相手と結婚し子を成すことが当然とされているのに、自分の立場も弁えず感情を優先させる人間に、周囲は冷たい目を向けることだろう。
「……もしも身分の差がなければ、君は俺の想いを受け入れてくれたか?」
「それは……その……」
真剣な瞳で見つめられ、即答することができなかった。
もしも私が平民ではなく、ネット小説のヒロインのように、どこかの令嬢として生まれていたら。
ルヴェール様と結ばれても、彼の評判に傷をつけずにすむ生まれの人間だったら――
そこまで考えて、馬鹿な妄想を消し去るように、ふるふると首を横に振る。
「……考えても意味のないことです。私は平民で、ルヴェール様は公爵様。それが現実であり、『もしも』などありえません」
「……ふうん。そうか」
ルヴェール様は微かに目を伏せ、何か考えるようだった。
さすがに、愛する女性から求愛を断られ、落ち込んでいるのだろうか?
けれど彼はすぐに顔を上げ、優美に微笑む。
「困らせることを言って悪かった。もうすぐ、陛下の演説の時間だが……それまでまた、祝祭を見て回ることにしようか」
◇ ◇ ◇
●ルヴェールSIDE
初めて彼女に会った日から、俺はずっと彼女に惹かれていた。
そして今日、祝祭での時間を共に過ごし……想いは深まるばかりだ。
特に、「ルヴェール様のことは……嫌いでは、ないです」と言ってくれたときの彼女は、気恥ずかしそうで、でも一生懸命で……思わず抱きしめたくなったほどである。
本当に……可愛いな。
他人を、こんなに愛しく思えるなんて。自分がこんな感情を抱ける日が来るなんて、思っていなかった。
俺は、レーラと一生添い遂げたい。
そのために、懸念事項がないわけではなかった。
そもそもレーラは何故、本当は大人なはずなのに、普段子どもの姿で過ごしているのだろうか。
何か、深い事情があるのかと思っていた。実は亡国の姫であるとか、他国の王族だったが死んだことにされたとか。
探偵を使って調べもしたし、レーラのことを観察もしていた。彼女の家族との会話の中でも、それとなく探りを入れてみた。
デリアやシンはレーラと違って見た目通り幼く、嘘がつける性格ではなかった。しかし、レーラについて話していても、彼女は実の家族で、幼い頃から一緒だったとわかるだけで、難しい事情があるようではなかった。
何より鑑定魔法でも、レーラは平民であると表示された。
かなり疑っていたのだが、身分としては本当に平民の娘で間違いないようだ。
となると、わざわざ子どものふりをしているのは、人間が嫌いだから、幼い子の姿のほうが人間関係が楽だから、だろうか。どうやって年齢を改竄したのかは謎だが、なにせ規格外の治癒魔石や変化魔石を生成できるレーラである。人々の記憶の辻褄を合わせる魔石を有していたとしても、驚くことではない。
貴族と平民は確かに結婚できないが、レーラが他国などに関わる複雑な事情を抱えていないというのなら、むしろ安心した。それなら、身分の釣り合いさえとれれば、勝機はあるからだ。
といっても俺は、レーラのために公爵の座を放棄する気はない。
富や地位は、レーラを守る盾として利用できるからだ。
またトラッシュ達のような屑人間達がレーラを狙ったとき、彼女の守れる力は多いほうがいい。
俺は公爵の座を降りられないのだから――レーラ。君に、上がってきてもらう。
君の平穏を乱して悪い、とは思うが。
俺は一生、君の傍にいる。君を愛し、君を守る。
人間嫌いな君が、俺のことは、嫌いではないというのならば。
俺達を引き裂くものが、身分の差だけだというのならば。
そんなもの、壊してしまえばいいだけだ。
俺は君が思うよりも深く、君を愛しているから。
……もうすぐだ。もうすぐ、君を捕まえる、愛しいレーラ。
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