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22・大人版の私と公爵様の再会

「灰色の魔女がスライムに呪いをかけ、全て石化させて、生物として絶滅させた」

「ひええ……恐ろしいですね」


 時間経過によって生じた化石とかじゃなく、魔法による石化だったのか。今更だけど本当にファンタジーなんだな、この世界。


「にしても、そっかぁ……」


 私はテーブルの上の魔灰を一つ摘み上げ、眺める。

 ガラスのように硬質な手触りは、かつてスライムだったと言われても、にわかには信じられない。


「私達……命を使っているんですね」


 そう呟いた私の声には、罪悪感のようなものが滲み出ていたのだろう。ルヴェール様は、穏やかに口を開く。


「そうだが……それを言ったら、食事だってそうだろう? 人は生きる上で、命をいただいている。俺達にできることは、感謝を捧げ、その命の分も精一杯生きるだけさ」

「……そこまでして生きる価値が、人にあるんでしょうか」


 先日、トラッシュとリヒューティに会ったときのことを思い出してしまう。

 オルデュール商会は主に魔道具を取り扱う商会であり、魔道具……魔石の力によって冨と名声を得てきた。

 落ちぶれた二人の姿を見て多少溜飲が下がったとはいえ、謝罪もせず自分達のほうが被害者だというような顔をしていた彼らを思い出すと、まだ苛立ちもある。……実の父に裏切られた痛みなんて、簡単に消えるものではない。


「少なくとも俺は、君が生きてくれていることが、嬉しいよ」

「私達、知り合ってそんなに経っていないじゃないですか」

「言っただろう? フェリルを救った治癒魔石を作ってくれた君は、俺の恩人だと」

「…………」

「俺は、治癒魔石を作ってくれた君と、使ってくれたあの女性に、心から感謝している。……本当に」


 私は、人間が嫌いだ。

 前世で親に冷遇され、職場ではカスハラや嫌がらせに悩まされたし、最後は通り魔によって幕を閉じた。転生したこの世界でも、トラッシュとリヒューティに不快な思いをさせられている。


 人は嫌いだけど……ルヴェール様は、悪い人じゃないと思う。

 だからこそ、罪悪感が湧いた。

 これ以上私の正体……私が彼の愛する女性だと隠しているのは、騙しているみたいだ。

 ルヴェール様は、大人版の私を美化しすぎている。無駄な期待を抱かせ続けるより、早く諦めてもらったほうが、彼にとっていいはずだ。


 何しろルヴェール様は公爵様。もっと相応しい相手がいるはずだし。いつまでも私に執着したままだと、彼の時間を無駄にすることになってしまう。


 ……うん、決めた。

 変化魔石で、もう一度大人の姿になろう。


 そしてちゃんと、ルヴェール様の気持ちには応えられないことを伝えよう。

 それが私がルヴェール様にできる、せめてものことだ。

 悪い人じゃないからこそ、私以外の誰かと、ちゃんと幸せになってほしいから。



 ◇ ◇ ◇



 その後、私はルヴェール様が一人でお屋敷を出る機会を伺っていた。

 運よく、その機会はすぐ巡ってきた。ルヴェール様が、領都の視察に行くと言ったのだ。


 ルヴェール様は外出する際、護衛をつけない。

 非常識なようだが、ルヴェール様にかぎらず、この国の上級貴族では珍しいことではないらしい。


 魔法がない世界ならともかく、この国には魔法があり、位が高い者ほど強い魔力を持つ。ゆえに、ルヴェール様より強い者など、この国には数えるほどしかいない。何人まとめてかかってきたところで、すぐ片付けられるそうだ。

 よって、自分より魔力の弱い護衛などかえって足手まといになる、とのことだ。

 護衛はともかく、従者もつけないのは珍しいそうだけど……まあ、こちらとしては好都合だ。


(よし。チャンス……)


 私はこっそり屋敷を抜けてルヴェール様の後をつけながら、物陰に隠れて変化魔石を使った。初めて彼に会ったときの、大人の姿になる。変化するために、前もって子どもの私にはぶかぶかの、大人用の服を着ていたので格好も問題ない。


 まだ屋敷の敷地を出たばかりで、周囲に他の人間がいないのを確認し、ルヴェール様の前に出た。

 彼は青い瞳に私を映し、その目を見開く。


「あなたは……」

「おひさしぶりです、公爵様」


 ルヴェール様は、再会が叶ったことに胸を震わせているで、しばし息を呑んでいたが……すぐさまその場に膝をついて、私を見上げる。


「また会える日を夢見ていました。フェリルの命を救ってくれた貴女に、心からの感謝を捧げます」

「こ、公爵様……!」


 以前も、同じように彼は私の前で膝をついてくれた。

 そのときは私と目線を合わせ、対等であろうとしてくれること、誠実さを感じたけれど。

 今の彼は……もっと熱を秘めた瞳で私を見ている。


(……こんな目、するんだ)


 今まで、私が子どもの姿だったからだろう、彼の瞳はどこか保護者のような、穏やかな優しさがあった。


 けれど、今は……愛する女性に向ける、蕩けるような甘さを感じる。


「やめてください。私はただの平民ですので。どうか普通に話してください」


 お姫様のように扱われるのは、あまりにも落ち着かない。


「それに私……あのときは、相手が公爵様だなんて気付いていませんでした。救おうなんて大層なことを考えていたわけでもございません。ただ、目の前で人が死ぬのは後味が悪いし、勝手に身体が動いた、それだけなのです」

「利害も考えず、傷ついたフェリルのために飛び出してくれた。充分、素晴らしいことじゃないか。君は、とても優しい人だ」


 甘い熱を宿した瞳を見つめていると、こっちにもその熱が移されてしまいそうで……そっと目を逸らす。

 

「恐れ入りますが、公爵様は私に好意を抱いてくださっているように感じます。ですが私は、あなた様の好意にお応えすることはございません」


 平民の立場で公爵様にこのようなことを言うのは、無礼だとわかっている。

 だけどルヴェール様は、トラッシュ達のような奴らならともかく、無実の民に逆恨みして何かしてくるような人ではない。


 何より、貴族と平民の恋愛など、非常識極まりないのは事実。貴族は貴族、平民は平民と結ばれるのが常識である。無礼かもしれないが、間違ったことは言っていない。


「……そうか。無理強いをするつもりはない。諦めるしかないようだね」


 よかった、とほっと胸を撫で下ろす。


「ただ、最後に一つだけ、願いを聞いてもらえないだろうか」

「なんでしょうか?」

「君との思い出がほしい。君も知っての通り、もうすぐ王都でアッシェンプッテル建国祝祭がある。少しの間でいい。俺に、君と過ごす時間をくれないか」


 アッシェンプッテル建国祝祭――それはこの国の伝統行事で、その名の通り、この国の建国を祝うものである。

 王都の大広場で王族による演説が行われ、この日だけは貴族だけでなく平民も王のお言葉を聞くことができる、というものだ。


 演説だけでなく、昼は平民による祭りが行われ、王都内にたくさんの出店が出て、おおいに盛り上がるらしい。夜は貴族の時間となり、王城で舞踏会が催されるそうだけど――


「ぶ、ぶぶ舞踏会なんて無理です! 私、ダンスとかやったことないですし!」

「ああ、わかっている。昼の祭りを共に楽しむだけでいいんだ」


 ルヴェール様によると、平民達の出店が珍しくて、見物に出歩く貴族が多いのだとか。貴族が平民の領域に過度に足を踏み入れるのは品のない行為だと言われているが、この日は特別に黙認されているそうだ。


「……それでも、私は……」

「もし共に祝祭に行ってくれるなら、礼として、隣国で流行りの本の最新刊を贈らせてほしい。手に入れたばかりなんだ」


 ルヴェール様は、どこに隠し持っていたのやら、すっと本を取り出した。

 私が大好きなシリーズで、一刻も早く続きが読みたいと思っていたもので――⁉


「行きます」

「ありがとう、嬉しいよ」


 はっ! しまったぁぁぁぁぁぁぁ! 大好きな本を見せられて、うっかり返事をっ!

 人は嫌いだけど、本は好きなんだよぉ。人と会わずに、部屋の中に引きこもって本を読むのが最高なんだよぉぉぉぉぉ。


「いえ、あの! 今のは反射的に、つい返事をしてしまっただけで……」

「すまない、今日は所用があって急ぐんだ。それじゃ、祝祭の朝にまたここで会おう。楽しみにしているよ」


 ルヴェール様はそう言って、優雅な笑顔で立ち去ってしまう。

 ああああああ~、やってしまったぁ~~~~~。


 ……いやでも、ルヴェール様は諦めるための思い出がほしいだけで、別にそれ以上何か求めてこないよね? 祝祭にさえ行けば、問題なくお別れできるよね? ね!


(……なんとなーく掌の上で踊らされてる気がするけど、気のせいだよね)

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