21・掃除人、レベルアップ!
近頃、ガーベッジ領で呪いにかかる人が増えているらしい。
レヴァイゼ邸に出入りしている商人さんが、噂を教えてくれたのだ。身体に灰色の呪い紋が浮かび上がった人達が、体調が悪そうにふらふらしているらしい。魔獣のブレスを受けたわけでもないのに呪いが流行しているなど不気味で、ガーベッジ領の人々はピリピリしているそうだ。
ガーベッジ領といえばオルデュール商会がある地だ。まさかルヴェール様が何かしたのではあるまいな、とドキドキしていたけれど、ルヴェール様も初耳だという反応をしていたので、彼が暗躍したわけではなさそうだ。
「ふむ。呪いが流行っているなら、治癒魔石の生成方法について、早く研究を進めておきたいですね」
初めて公爵邸に来た日は、火を使える場所ということで厨房を使用していたが、それ以降はルヴェール様に魔導コンロを用意していただき、研究室のようなものを作ってもらって、そこで行っている。
治癒魔石の生成方法について自分ももっと知りたいと、ルヴェール様もついてきた。
「にしても、君は人間が嫌いだというわりに、治癒魔石の生成研究には積極的なんだな」
「え?」
「本当に人間が嫌いなら、滅べばいいとか、そういう思考になりそうなものだが。君は逆に、人々を救う治癒魔石の研究を進めている」
「ぐ……いや、それとこれは別と言いますか……」
「本当は人間が好きなのかい?」
「はい⁉ 勘違いしないでください! 別に好きなんかじゃないですから!」
思わずツンデレみたいなことを口走ってしまった。いや、私は本当に人間不信ですから。
「そうなのかい? じゃあ、レーラは何が好きなんだ? 君の好きなものを知りたい」
「好きなもの、ですか。うーん、まずは本ですかね。図書室を私にも自由に使えるようご配慮していただき、ありがとうございます」
「喜んでもらえて嬉しいよ。気に入った本はあったかい?」
「はい! 隣国の作家によるシリーズ物なんですけど、最新刊が本当に楽しみで……」
人間不信な私は友達もいないので、もちろん本について語れる人もいない。好きな本について話せるのが嬉しくて、ルヴェール様の前だというのに思わず饒舌になってしまった。
「君の好きなものについて聞かせてもらえるのは、嬉しいな。他には、好きなものはあるかい?」
「あとは……そうですねぇ。お掃除も好きですよ」
「ああ。君が自室などの掃除をしようとすると、使用人達から聞いている」
「使用人さん達のお仕事を奪ってはいけないことも、客が掃除をするなんて外聞が悪いことも理解しています。ただ、人に掃除してもらうのに慣れなていないですし、自分で掃除しないのって落ち着かなくて」
「ふむ。君は、掃除人の仕事が好きだったのか」
「そうですね、結構楽しいものですよ。魔灰だって、こうして毎日接していると、愛しく思えてくるものです」
私は、テーブルの上にいくつも乗せていた魔石を、指先で撫でる。
「魔石ならともかく、魔灰が愛しいとは、君はやっぱり不思議な子だね。そういうところも素敵だ」
最後の言葉は聞き流すことにして、話を続ける。
「そもそも私は、この国の人々がなんで魔灰を嫌うのかわかりません。魔灰は、魔石として人々の役に立ち、休んでいる状態の子でしょう?」
「魔灰に『子』というのを使うのは不思議な感覚だが、元が魔法生物だと考えれば、そうかもね」
「今まで人間達なんかのために頑張ってきた子を、灰色になってしまったから捨てるなんて、そっちのほうが非情な気がします」
やっぱり、魔灰より人間のほうがゴミなのだ。なでなでと魔灰を撫でながら、思う。
「誰も愛さないからこそ、私が愛してもいいじゃないですか」
私がそう言った、その瞬間――
ふわり。身体が、淡い光に包まれた。
「あ……れ?」
「どうした? 大丈夫か、レーラ?」
「ええ。大丈夫っていうか、なんだか意識が冴えて、気持ちいいような……」
言いながら目の前の魔灰を見て、ふと、気付く。
「え⁉ 何これ……元の魔石が何か、完璧にわかるようになってます!」
「今までもわかっていたんだろう?」
「今までは指先の感覚で判断していました。でも今は、見ただけで、元がなんの魔石だったかわかるんです。しかもなんと、魔石に微量に含まれる別属性まで、完璧にわかるんです!」
今、テーブルの上にはたくさんの魔灰がある。どれも同じ、灰色一色であり、普通の人には見ても触っても区別がつかない。
だけど私の目には、「元:火の魔石」「元:水の魔石」「元:風の魔石。ただし火の魔力を微量に含む」などなど、見ただけで瞬時に、その魔灰の上に名称が表示されるのだ。
「もしかして、君のレベルが上がったのかもしれないな。少し待っていてくれ」
ルヴェール様は、以前の能力鑑定魔道具を持ってきてくれた。
■レーラ
・職業:灰に愛されし掃除人
・身分:平民
・魔力レベル:50
・スキル1:分別 レベル100
備考:魔灰から、元の魔石を判別する能力
・スキル2:リサイクル レベル80
備考:魔灰を合成し、魔石を作り出す力
「やはり、レベルが上がっているな」
「え? でも、レベルが上がるようなことなんてしていませんけど……」
レベルが上がるのって、ダンジョンで魔獣を倒すとか、そういうのが必要なんじゃないの? と前世でのネット小説読者として首を傾げる。
ルヴェール様は、「ふむ」と顎の下に指を当てた。
「君の職業は、『灰に愛されし掃除人』だ」
「よくわからないですけど、そうですね」
「これは推測なんだが、もしかしたら、君が魔灰を深く愛するごとにレベルが上がり、魔灰について更にわかるようになるのかもしれない」
「あ、愛……? ……抽象的なスキルすぎませんか?」
「職業名からして、君は魔灰に愛されているらしい。であれば、愛を返してあげれば魔灰は喜び、自分についての情報を開示してくれるのではないだろうか」
「ま……魔灰って、本当に生きてるんでしょうか? 私としては、ぬいぐるみを愛でるくらいの感覚だったのですが……」
「本来捨てられるだけの魔灰をぬいぐるみ扱いすること自体が、そもそも特殊だがな」
レベルアップに必要なのが、戦闘や訓練ではなく、愛。あまりに予想外すぎて、私は「うーん」と腕を組んでしまう。
……まあ、いっか。逆に言えば、怖い戦いや厳しい特訓をしなくても、私が魔灰を大事にすればどんどんレベルが上がるってことだもんね!
「レベルが上がる仕組みについても、研究してみたいですが……いずれにせよ、これで特殊魔石がどんどん生成できると思います!」
「そうか、さすがはレーラだ、やはり君は素晴らしいな。……とはいえ、無茶はしないように。君の健康が第一だ。今日の実験はここまでにしておこう」
「ええ~⁉」
「君には魔力欠乏によって倒れ、休眠状態に陥りそうになった前例がある」
「うぐ。でも、魔力レベルも上がっているし、大丈夫じゃないですか?」
「だとしても一旦休憩して、お茶にでもしよう。使用人にとびきり美味しいお菓子を準備させるよ」
「わかりました。それでは行きましょう」
本も好きだけど、美味しいお菓子も好きです! 人間以外のものなら、わりと好きなものは多いです。
私達は部屋を移動して、お茶にする。使用人さんが用意してくれたマカロンをいただきながら、ふと素朴な疑問を口にした。
「そもそも、なんで魔石の元となった古代の魔法生物……スライム達は、石になっちゃったんでしょうね」
「古代の魔女が、呪いをかけたんだ。スライム達が石と化すように」
「えっ⁉ なんですかそれ、初耳です」
私が目を丸くすると、ルヴェール様は涼やかな声で説明してくれる。
「美しい伝説というわけではないし、子どもに聞かせるような正義の御伽噺でもないから、幼い君は聞く機会がなかったのかな。この国、アッシェンプッテルの伝承だよ。――遥か昔、人々から恐れられている、『灰の魔女』が存在したと伝えられている」





