20・ゴミ人間達は更なる転落に向かうようです
「どこからどう見てもレーラだろう。彼女は最初から美しい子だったじゃないか。貴様らは性根だけでなく目まで腐敗しているのか?」
ルヴェールに呆れの眼差しを向けられても、二人にはまだ、信じられなかった。
レーラは掃除を好む子で、幼い頃から率先して家の掃除や、街のゴミ拾いを行っていた。だからこそいつも服は汚れていた。
トラッシュはそんなレーラを、よく思っていなかった。ただ子どもを叱る暇があるなら、酒場に行ったり賭博に耽っていたりするほうが楽しいので、何も言わなかっただけだ。
そんな薄汚れだったレーラが今はどこからどう見ても、美しいご令嬢だ。
あのレーラが、こんなに綺麗になるなんて……。
(こんなに綺麗になるなら、俺と一緒に暮らしてたときにも、身なりをきちんとしていればよかっただろうが! そうすれば、俺の娘は美人だって周りに自慢できたのに。役立たずめ!)
(灰汚れの掃除人ごときがこんなに綺麗になるなんて、生意気よ! 私はお父様に、洋服もアクセサリーも、全部取り上げられたのに!)
トラッシュもリヒューティも、レーラの美しい姿を見て、かっと頭に血が上った。
ようやく会えたのだからレーラとルヴェールに謝罪しなければならない状況なのに、そんなことは完全に頭から消えてしまっている。
どうせ商会にいても客は来ないからとパーザーは外に金策に出ており、他の従業員達は皆辞めてしまったため、誰もいない。ここに、二人を止める人間はいなかった。
「公爵様! なぜそんな子に、綺麗な衣服を与えるのですか⁉ 分不相応です!」
「そうです、俺達のほうが、公爵様のお力になれます! オルデュール商会は国一番の商会です!」
二人の声の大きさに、何があったのかと集まってきた街の人々が、ザワザワと呟く。
「オルデュール商会が大商会だったのは親の力なのに、なんであんなに偉そうなんだか」
「というか、あっちの子は、トラッシュの子どもなんだろう? 不貞して子を捨てただけでなく、あの態度……最低だな」
周囲から呆れと蔑みの目で見られていることに、トラッシュとリヒューティは気付いていない。
「レーラは、レヴァイゼ家の専属魔石再生師となった。相応の待遇を与えるのは当然だ」
「専属……魔石、サイセイシ?」
聞きなれない言葉に、トラッシュ達は首を傾げる。
「魔灰から魔石を再生するという、この国を動かすことになるでだろう、新しい技術だ」
ルヴェールの言葉に、二人はぽかんとしていた。
だがしばらくして、ぷっと噴き出し、レーラを嘲笑する。
「そんな綺麗な服を着ていても、結局魔灰を扱うのねぇ、汚らわしい!」
「公爵様、目を覚ましてください。レーラにすごい技術なんてあるわけないでしょう。魔灰はただの汚らしいゴミです。あなた様は騙されているのですよ。まったく、レーラは悪い子だなぁ。父さんは悲しいよ」
「養育費すら払っていない分際で、よく父さんとか言えるね。金輪際、私の父親を名乗らないでください」
「レーラ、お前っ!」
トラッシュが、レーラに掴みかかろうとし――
ルヴェールがレーラの前に立ち、冷たい瞳でトラッシュを睨む。
「汚い手で、レーラに触れるな」
「な⁉ レーラは掃除人ですよ! 汚いのはレーラのほうでしょう!」
「……本当に、どこまでも反省の色がない」
ルヴェールは息を吐きつつ、レーラに問う。
「レーラ。公爵に口答えするなど、不敬罪で、今すぐこいつらの首を跳ねることも可能だが?」
「……いえ。こいつらには、ルヴェール様が手を下す価値もないですよ」
レーラは完全に冷めた目で、二人を見ている。
「それに、正直……あの人達が落ちぶれている姿を見て、少し、すっきりしましたから」
「な……⁉ だ、誰が落ちぶれているだって⁉」
トラッシュ達が顔を真っ赤にして反論し、また、周囲がヒソヒソと囁く。
「どう見ても落ちぶれてるだろ。しかも、その原因をつくったのは自分達なのにな」
「まさかオルデュール商会の娘とその夫となる男が、あんなボロを着ることになるとはなぁ……」
周囲の目から見ても明らかに、優雅な暮らしをしているのはレーラのほうであり、無様なのはトラッシュ達だ。ただでさえ客が寄りついていなかったオルデュール商会だが、このやりとりで、完全に没落することだろう。
「ふむ、それもそうだな。……もう少し、泳がせておくとするか。ここまで愚かな者達なら、俺が手を下さずとも、勝手に破滅しそうだ。お前達がどんな惨めな末路を迎えるのか、せいぜい楽しみにしておくとしよう」
ルヴェールは去り際まで、あくまで優雅な笑みを浮かべていた――
◇ ◇ ◇
「ムキーッ! なんなの、あいつら! そんなに私達をいじめて楽しいの⁉」
「まったくだ、なんて意地の悪い奴らなんだろう。俺達に嫉妬しているのか? 僻んでいるのか?」
二人は誰もいない商会の中で、見当違いなことを言いつつ「自分達は被害者である、あいつらは酷い」と言い合っていた。
「こうなったら、こっちにだって考えがあるわ」
「何かアイディアがあるのかい、リヒューティ?」
「ふふん……」
リヒューティは物置部屋へ行く。現在のオルデュール商会は、売れるものは全て売り払ってしまったため物が少ないが、その中にぽつんと一つ、不気味な宝石箱のようなものがあった。
「お父様が昔手に入れた、古代の、禁断の魔道具よ。なんでも、強い呪いをかけることができるんだとか」
盗まれないようパーザーは保管箱に鍵をかけておいたのだが、娘であるリヒューティは、鍵の在処を把握している。よって、開けることができた。
「そんなものがあったのか? パーザー様は、金になる魔道具は全部売ってしまったのかと思った」
「ええ。危険なものすぎて使いどころが難しすぎて、どこにも売れなかったんですって。お金にならないんだから、私が使っちゃってもいいわよね! あいつらを呪ってやりましょう!」
「リヒューティ。優しい君が、そこまで言うなんて……」
「さあ、魔道具! あの憎きガキを呪ってやりなさい!」
リヒューティが、呪いの魔道具を起動させる。
次の瞬間――ぶわり、と、灰色の靄のようなものが飛び出した。
「わっ⁉ な、何⁉」
「ちょっと、呪い! レーラと公爵だけ呪えばいいのよ、わかってる⁉」
呪いは生物ではないのに、二人は必死に灰色の靄に呼びかける。
だが、その靄が止まることはなかった。
この魔道具は特定の個人にだけを呪うものではなく、無差別に呪いを振りまくものだったのだ。そして一度魔道具が発動したら、使用者にも止めることはできない。
やがて灰色の靄は、屋敷の窓から外へ出ていってしまい――
「ど……どうするんだ、リヒューティ?」
「し……知~らない! 魔道具のせいであって、私のせいじゃないもん!」
灰色の靄は、すぐに呪いを蔓延させるものではない。徐々に、徐々に、人々を蝕んでゆくものだ。だからこそ恐ろしい。人々が気付いた頃には手遅れになっているのだから。
こうして愚か者達は、自ら破滅への道を踏み出したのだった――
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