19・ゴミ人間達の現在
私が公爵邸に住むことになってしばらく経った、ある日のこと。
(……ん)
お屋敷の廊下を歩いていたら、ルヴェール様と執事さんが、何か話しているのが聞こえてきた。
「明日はガーベッジに行ってくる」
「ガーベッジですか。オルデュール商会のある地ですね。レーラ様達の件ですか?」
「ああ。トラッシュとリヒューティの現状を探り、場合によっては抹消してこようかと思ってね」
……抹消⁉ 何、消すってこと⁉ 人間を!?
「ほう。取引を停止したことで既に地位的にも経済的にも大打撃を受けていると思いますが、更なる裁きを与えると?」
「あの二人は、あれで懲りるような人物だとは到底思えなかった。むしろ逆恨みして、私やレーラに対し何か仕掛けてくる可能性が高い。大した人物ではないとはいえ、悪しき芽は早めに踏み潰しておくにかぎる」
背筋が冷えるような話をしているのに、ルヴェール様の表情も声も、とても穏やかで優雅だった。執事さんもたいして驚いている様子がない。え? お貴族様ってそういうものなの? それともお貴族様ジョークなの?
ジョークだと思いたいけど、この人なら、本気でやりかねないかも。
やがて二人の話が終わり、執事さんは去ってゆく。ルヴェール様も部屋に入ろうとしたところで、私が声をかけた。
「ル、ルヴェール様」
「やあ、レーラ。君から話しかけてくれるなんて嬉しいな」
「あの、すみません。先程の話を聞いてしまったのですが、ルヴェール様、本気なのですか?」
「もちろん本気だが、何か問題が? 君は、トラッシュとリヒューティのことが心配なのかい?」
「いえそれは全然」
ぶっちゃけ、トラッシュ達のことはいなくなってくれたほうが都合がいい。
ただ、自分が原因で他人が手を汚すことになるのは、後味が悪すぎる。
「でも、そこまでしてもらうのは申し訳ないです。私は、ルヴェール様に後ろ盾になっていただいて、何かあったときに保護や助力を頼めれば充分なのです。もともとはうちの家族の問題であって、ルヴェール様は無関係ですから、過度に巻き込むのは気が引けます」
「おや、無関係なんて、つれないな。もう家族のようなものじゃないか」
「違います、違います。あくまで契約関係です」
「そうか。そんな契約関係を結ぶことになった原因はトラッシュ達の悪事だけど、本当にあいつらに何もしなくていいのかな?」
「うぐ……」
そう言われると、どうでもいい気がした。あいつらに庇う価値なんてないし。いっそ本当に消してもらうか? それって社会的に? 物理的に?
「兄さん、レーラ。何をしてるんですか?」
そこで、フェリル様がやってきた。
ルヴェール様はにっこりと、至って穏やかな笑顔で返事をする。
「ああ、フェリル。少し話をしていただけだよ」
「そうでしたか。レーラ、この屋敷にはもう慣れたかい?」
「は、はい。食事はおいしいし、図書室はあるし、大変快適です」
「そうか。シンとデリアから、レーラは最初この屋敷に来るのを戸惑っていたと聞いたから……心配していたんだ。快適に過ごせているなら、よかった」
ほっと顔を綻ばせるフェリル様。うぅっ、やっぱりいい子だ。癒される。
うん、ルヴェール様はトラッシュ達を消す気まんまんだし、私もあいつらのことはどうでもいいけど、「フェリル様のお兄ちゃん」が手を汚すってのは、なんか駄目!
私はフェリル様が去った後、あらためてルヴェール様に向き直った。
「ルヴェール様。やっぱり、トラッシュ達のことはもう放置でいいですよ。正直、レヴァイゼ家との取引を切られた時点で、あいつらにもう明るい未来がないのは確定しているんですし」
「ふうん。君は、ずいぶん優しいんだね」
「そういうわけじゃありません、でもルヴェール様は腹黒ですけど、フェリル様のお兄ちゃんなんですから。あまりフェリル様に顔向けできないことはしてほしくないと言いますか」
「そうは言っても、陰謀を企むであろう芽を残しておくのは得策じゃない。君だって、家族に対する危険要素は、排除しておきたいだろう?」
家族のことを出されると、それはそう。特にシンやデリアはまだ幼いのだから、トラッシュ達と接触する機会があれば、変なことを吹き込まれたり、誘拐されたりる可能性もある。
公爵邸で暮らしているのだから奴らがこちらに会うことは困難だろうが、人生とは何が起きるかわからないものだ。私だって前世、まさか殺されて転生するとは思わなかったし。
あいつらには消えてほしいけど……でもなんか、ルヴェール様が何する気かよくわからないし、不安要素が拭えない。
「……わかりました。ではトラッシュ達のもとへ、私も一緒に行かせてください」
「もうあいつらには、会いたくないんじゃないのか?」
「そうですけど、ルヴェール様が一緒にいてくれるなら安全ですから」
「おや。俺は君を守る騎士として認めてもらえているということかな?」
「公爵様という絶対権力があれば安心って意味です」
「俺の地位が君を守る力になれているなら、公爵家に生まれたことを心から感謝するよ」
こうして私達は、トラッシュとリヒューティのもとへ行くことになった――
◇ ◇ ◇
●リヒューティ&トラッシュSIDE
「ああもう、なんで私がこんな目に……!」
「はあ……俺達、悪いことなんてしてないのにな」
ガーベッジでは、オルデュール商会がレヴァイゼ公爵の不興を買い、取引を切られたことが、すっかり噂になっていた。
今のオルデュール商会には、まったく人が寄りつかない。もちろん、稼ぎもない。
日に日に、トラッシュとリヒューティの食事も貧相なものになってゆく。今では一日二回、薄い粥のようなものを食べるくらいだ。おかげで、常に腹が減って仕方がない。
少しでも今後の資金にするため、リヒューティが持っていた高価な服も装飾品も全て売られて、今の二人は、ボロボロな布の服を纏っている。
商会長でありリヒューティの父であるパーザーにも命令され、一度はトラッシュ達も、仕方なく、レーラ達に謝ろうとはした。もっとも反省したわけではなく、ただ自分達の贅沢な生活を取り戻すために、だが。
しかし既にレーラ達は公爵邸に行った後であり、街の人間達は、レーラの居場所を知らない。行き先がわからず、どうにもできなかったのだ。それが、トラッシュとリヒューティを苛立たせていた。
「まったく。あいつら、どこかもわからない場所に逃げるなんて、卑怯だし、情がない。家族だったんだから、引っ越し先くらい教えるべきだろうに!」
オルデュール商会の経営は完全に傾いており、もはや従業員を雇っておける金もなく、次々と人が辞めていった。
人手がなくなった結果、パーザーの命令で、トラッシュとリヒューティは、商会の掃除をやらされていた。今も、商会の前の立て看板を嫌々磨いていたところだ。
「こんなの、私の仕事じゃないわ! 手が荒れちゃうじゃない!」
街の掃除ではなく商会とはいえ、自分が馬鹿にしていたレーラと同じ仕事をしているというのが、リヒューティには耐えられない。
「まったくだ。ああ、君の手はこんなにも美しいのにな。なんてかわいそうなリヒューティ。だけど、俺はそんな君のことも愛してるよ。さあ、愛し合おう……」
掃除に飽きたトラッシュが、リヒューティに口付けを迫る。
だがリヒューティは、そんなトラッシュの顔面を思いきり殴った。
「馬鹿言ってんじゃないわよ!」
「な⁉ ど、どうしたんだ、リヒューティ⁉ 君は、淑やかで優しい女の子なのに……」
「もとはといえば、あんたがあんな女と結婚して、あんな子をつくったのが悪いんだわ! ああもう、あのレーラとかいう子ども、思い出すだけでムカつく!」
リヒューティが拳を握り固め、トラッシュはまた殴られるのではないかと、ビクッと身震いする。
「これも全部、あのガキのせいよ!」
誰もいないと思っていた商会の中で、リヒューティがそう叫んだところで――
「……本当に何も反省していないんだな。予想していたので、驚くことではないが」
涼やかで、楽器の音色よりも優雅な声が、静かに響いた。
「……え? こ、公爵様⁉」
振り返ったトラッシュとリヒューティの目に入ったのは、ルヴェールと……どこの誰だかわからない少女だった。
艶のある髪には華やかな髪飾りがつけられ、繊細なレースが使われた衣服を纏っている。どこから見ても、上級貴族の美しいご令嬢である。ルヴェールと繋がりのある貴族の子だろうか?
「まあ、ルヴェール様! オルデュール商会に、何かお仕事ですか? 我が商会は、魔道具に関してこの国一番でしてよ!」
「お連れのお嬢様は、どこのご令嬢ですか? お嬢様に魔道具のプレゼントでしょうか? ぜひ、いろいろ注文してください!」
二人の言葉に、ルヴェールは眉を顰めた。
「驚いた。百歩譲ってリヒューティは他人なのでともかく、トラッシュ。貴様は、仮にも父親であったはずなのに、自分の子の顔も忘れたのか?」
「え……?」
トラッシュとリヒューティは、目を丸くする。
上質な衣服を着ていたので気付かなかったが、ルヴェールが連れていたのは、よく見れば――
「レーラ……まさか、レーラなのか⁉」
「その子が、あのきったない掃除人⁉ そんな……嘘でしょ⁉」
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