18・掃除人を失った街の人々の現在
「レーラ。今日は君に贈りたいものがあるんだ」
「そうですか、もったいないお言葉です。もったいなさすぎますので、そういうことはぜひ他の人に言ってくださいませ。私にはルヴェール様からのプレゼントは必要ありませんので」
失礼な発言である自覚はあるけど、不敬を問わないという魔法契約を交わしているので問題ない。
ただでさえ、服や髪飾りなどをいただいているのだ。これ以上は過分すぎて落ち着かない。
「ふふ、謙虚だね。でも、これに関しては嫌がっても押し付けるから、安心してほしい」
安心する要素がどこにあった?
「君に贈りたいのは、これ。能力鑑定の魔道具だ」
「えっ! ギルドに行かなくても、能力鑑定ってできるんですか?」
「一般的にはギルドでしかできないんだが、君はギルドには行きたくないんだろう? だから君のために、財力と権力にものを言わせて特別に入手したんだ」
にっこり。ルヴェール様は、笑顔でものすんごいことを言う。
え? 私のためにって、私のせいで? とんでもない額のお金を使わせてしまったのでは?
「安心してほしい。俺は金には困っていないし、君が今後この屋敷でずっと俺専属の魔石再生師でいてくれるなら、こんな出費ははした金でしかないさ」
こんなことなら、おとなしくギルドに行ってればよかった!
とはいえ、もう入手してしまったものは仕方がない。
「え、ええと。どうやって使えばいいのですか?」
「この、鏡のような部分に手を触れて。ああ、結果は俺も一緒に見せてもらうよ。魔道具を入手してきたんだから、それくらいはいいだろう?」
にっこりと微笑まれ、断ることなんてできない。この人、わかっててやってるんだろうなぁ。
「大丈夫。どんな結果が出たとしても、口外はしないから。二人だけの秘密にするよ」
それはそれでなんか嫌だな。「二人だけの秘密」って響きが。
ともかく私は、よく磨かれた鏡のような、板状の部分に触れた。
パアッと淡い光が出て、鏡のような部分に、文字が浮かび上がって……。
■レーラ
・職業:灰に愛されし掃除人
・身分:平民
・魔力レベル:30
・スキル1:分別 レベル70
備考:魔灰から、元の魔石を判別する能力
・スキル2:リサイクル レベル20
備考:魔灰を合成し、魔石を作り出す力
「は、灰に愛されし掃除人?」
錬金術師じゃなかったんかい! いやまあ、掃除人の仕事も好きだけどね。
「あのー、ルヴェール様。この職業やスキルって、一般的なものなんですか?」
「いや。初めて見た。やはり、魔灰の分別や再生は君の特別スキルのようだな」
「いやでも、分別に関してはあんまり意味がないと言いますか、そもそも元の魔石を記録しておけばいいだけですよ?」
そのへんに捨てられてる魔灰とかが他の人には判別できなくても、自分の家で使う魔石は、ちゃんと魔石の時点で、種類を記録しておけばいいだけのことだ。
「再生だって、特殊魔石の生成以外はあまり役に立ちませんし。普通に魔石を買えばいいだけなんですから」
「その、特殊魔石の生成が重要なんだろう」
「まあ、それはそうなんですが」
「しかし、これでこの前の状況がわかった。君はスキルの使いすぎて魔力が尽き、休眠状態に陥ろうとしていたんだ」
「なるほど。魔法だけじゃなく、スキルにも魔力って消費するんですね」
「そうだ。しかし普通、平民は魔力を持たないものだが……」
ぎくっ。やっぱり、転生者であることが関係してるのかな?
「なあ、レーラ。君は身分を偽っているのか? 何か複雑な事情があるなら、話してくれれば力になる」
「いえ、身分は偽っていません。この鑑定通り、私は平民ですし、ちゃんと母さんの子です」
「俺を警戒するのはわかる。だが事情を話してくれたら、守ることができるんだ」
ルヴェール様の声や空気からは、興味本位で聞きたいとかじゃなくて、本当に心配してくれていることが伝わってくる。
食えない人だし、腹黒そうだとか、愛が重くて鬱陶しいとかも思うけど……それでも、優しい人ではあるのだ。
それは、この前倒れた私を心から心配してくれたことから、わかった。
「あの。信じてもらえないかもしれませんが、私は本当に平民なんです。嘘はついていません」
平民なのは本当。まあ、転生者だけどね!
でも、それは言う必要ないしね! 言ったら何か面倒なことになりそうだし、言っても信じてもらえないだろうし!
「ふむ。君は普通の平民であり、隠している事情などはない。そう信じていいんだね?」
「はい! 信じてください」
「……へえ」
ルヴェール様は、にっと笑う。
……なんだろう? 何か嫌な予感がするけど、気のせいだよね? 気のせいであってください。
「わかった。君の言葉、信じさせてもらうよ」
◇ ◇ ◇
●街の人々SIDE
その後レーラは、双子が綺麗な屋敷と美味しい食事に喜んでいることや、何よりフェリルと仲良くなっていることから、結局公爵邸に住むことを決めた。
そうして、レーラが公爵邸で日々を過ごしている間に――レーラ達がもともと住んでいた街は、廃れていった。
レーラがレヴァイゼ領に行ったことで、街から優秀な掃除人がいなくなったからだ。
この国において、掃除人は穢れた仕事であり、なりたがる人間は滅多にない。
レーラがいた街に、他に全く掃除人がいないわけではない。だが、掃除人をやりたくてやっている人間などおらず、いかに手を抜きつつ給金を貰うかしか考えていない。
その掃除人達は、過去にレーラが掃除人になってからは、レーラが全部やってくるからとほとんど押し付けていた。その楽さを覚えてしまったため、なぜ自分が今更昔のようにあくせく働かなければならないのか、とも思っている。
本来、生ゴミなどは肥料として使われるため、荷車を押して決まった畑などに運ばなければならないのだが、それをサボって適当なところに捨てたり、手近なところに埋めて隠したりしていた。
この国の中でも、レヴァイゼ領においては、フェリルの心身を慮るルヴェールが、環境が健康に与える影響について考慮・研究し、公衆衛生に重点を置いて領民に徹底させているため、この国随一の美しい領地となっているが――
残念なことにレーラが元いた地、ダストリア領は、そう民度のいい場所ではなかった。
人々は、ゴミは構わず街中にポイ捨てする。水の魔石のおかげで水洗トイレがあるため排泄物が道に散乱しないことは救いだが、それ以外のゴミが溜まって道が汚れ、それらを漁るため鴉も集まってくる。
「道がゴミだらけじゃねえか。お前、掃除人でもやれば?」
「冗談じゃねえ! 誰がそんな底辺の仕事やるか!」
人々は掃除を押し付け合い、喧嘩し、結局誰もやらない。街中のゴミは放置されるばかり。
魔灰は腐らないが、そこら中に放置された生ゴミは悪臭を放つ。
人々は日々、水の魔石を用いた水道を使っているが、排水路も誰も掃除していないため、最近では頻繁に詰まりが起こっていた。
日に日に街全体の衛生環境が悪くなり、人々のストレスも増してゆく。
「こんな悪臭、もう嫌だ! 誰かなんとかしてくれよ!」
「ああ、どうしてこんなことになってしまったんだ。ここは、とても綺麗な街だったのに……」
「……あの掃除人がいたからだろう」
街の青年のうち一人がぽつりと呟いた言葉に、周囲は凍りつくように静かになる。
「レーラか……」
「な、なんだよ、あんな奴! あんな、汚い灰汚れの……」
「その灰汚れ少女が、今までこの街を綺麗にしてくれていたんだろう。嫌な顔もせず、手際よく、この街の清潔を保ってくれていた」
「そ……それは……」
レーラがいなくなってすっかり変わり果てた汚い街を前に、誰も反論することができない。
「レーラって、すごかったんだな……」
「人が嫌がる掃除を進んでやっていただけじゃなく、手際もよくて……」
「今まで俺達が快適に過ごせていたのは、レーラのおかげだったんだ」
「あいつ、戻ってこないのかな……」
「無理だろ」
そこでまた、しんと沈黙が生まれる。
「俺達は皆、オルデュール商会に加担したんだから。魔石の販売禁止なんて理不尽だし、レーラ達が大変だとわかっていながら、助けなかったし、見て見ぬふりをした。それどころか、『お前が悪いんだろ』とレーラを責めることすらした」
「し、仕方なかっただろ! だって、オルディール商会に逆らうなんて、できるわけないじゃないか!」
「だが、レーラと同じ仕打ちを、自分がされたらどうだ?」
その言葉に、誰もがぐっと言葉に詰まる。けれど、それでも自分達が悪かったと認めることはできないようで、感情を爆発させた。
「そんなこと、今になって言うなよ!」
「そうだ。俺達はレーラが困っていたあのとき助けるべきだったわけで、今となってはもう、何もかも遅い。だから、今更レーラに助けを求めてはいけない。俺達にできることはせいぜい、次にレーラと会ったとき、誠実な謝罪をすることくらいだ」
「謝罪ぃ⁉ 冗談じゃない! いくらレーラが便利な奴だったからって、下賤な掃除人に、誰が謝罪なんか!」
「だからその掃除人がいなくなったから、この街は今、こんな有様なんだろ……」
その言葉に、全員が嘆息した。
誰もがレーラに戻ってきてほしいと願い、だけどそれは叶わないと、どこかでわかっている。
レーラを失ったこの街は、どこまでも腐敗してゆくのだった……。
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