17・遠い、誰かの声
結局私達家族は、公爵邸に泊まることにした。
双子はフェリル様と仲良くなったみたいだし、私は私で、図書室に心惹かれてしまったし。
このままだと本当にこのままここに住んで、家族ごと囲われてしまうかもしれない。
……まあ、公爵夫人になるのは嫌だけど、錬金術師とか使用人とかそういう扱いで守ってもらえて、本も読み放題なら、悪くないかも。……なんて、かなり懐柔されてしまっている。
私達はほっぺが落ちそうなほど美味しい夕食を食べ、薔薇の花びらが浮いた広いお風呂に入った。ごはんも綺麗なお風呂も嬉しかったけど、それにはしゃぐ家族達の姿を見られるのが嬉しくて……それに関しては、ルヴェール様に感謝だ。
父さんが貯金を使い果たしてしまったから、皆、今まであんまり贅沢とかできなかったもんねえ。幸せそうな笑顔に癒される~。
そして寝るのは、ふっかふかのベッド。前世でだって、こんな豪華な場所に泊まったことはない。豪華すぎてちょっと落ち着かないけど、寝心地は最高だった。
さて、翌日。私はさっそく魔灰、そして魔石の研究をすることにした。
ルヴェール様は、書類仕事があるとのことで一緒じゃない。さすがに公爵様はいろいろと執務がお忙しいそうだ。大変そうだなとは思うけど、私としては万々歳である。
(ああ、やっぱり一人で黙々と作業するのって最高~~~)
魔灰を砕き、欠片にそっと触れて感触に違いがないか確かめたり。
溶かす温度や、逆に冷やす温度を記録したり。
何か材料を変えたり、魔石以外の素材を混ぜれば、ランダムではなく確定的に特殊魔石が生成できるのではないかと配合を考えたり――
一人で引きこもって、誰とも話さず作業できるのっていいなあ! 人間不信にはぴったりのお仕事!
人によっては退屈と感じるのかもしれないけれど、私はこういう、黙々コツコツ系の作業が好きだ。ネット小説の錬金術師みたいで楽しいってのもある。
だからこそ、研究に熱中していたのだが――
「あ……れ……?」
ぐらり、視界が揺れる。
次の瞬間には、その場に倒れてしまった。
(なに……? この感覚……)
上手く身体を動かすことができず、その場に転がったまま。
目の前がだんだん真っ暗になってゆき、呼吸が乱れる。
遠くなってゆく頭の中で、誰かの声が聞こえた気がした。
――……イ、シテ……
――ダカラ……アナタノ、チカラデ――
(な……に? 何も、わからない……)
夢と現実の狭間にいるような、ふわふわした感覚。
(……誰か……)
私は、他人が嫌いで、一人が好きなのに。
一人でいることを選んできたのは、私なのに。
「誰か」を求めて、手を伸ばしてしまいそうになる――
「レーラ!」
「……っ」
(この声……ルヴェール様?)
彼の声色は、とても、心配してくれているようだった。
「もう大丈夫だ。今、治癒魔石を使うから」
淡い光に包まれて、ふっと身体が楽になる。
「どうだ。まだ苦しいか?」
「いえ……もう、少しも苦しくないです」
「そうか。……一体何があったんだ?」
「いえ、私は研究をしていただけで……。ルヴェール様は、どうしてここに?」
「差し入れがてら、君の様子を見にきたんだ」
見れば、テーブルの上には、温かな湯気を上げる紅茶と焼き菓子が載っている。紅茶が少し零れているので、ルヴェール様は部屋に入ったら私が倒れているのを見て、慌てて駆け寄ってくれたのだろう。
「ありがとうございます、ルヴェール様」
「礼には及ばないよ。そもそも、これは君が作った治癒魔石だからな」
ルヴェール様の手には、魔灰が握られている。
「やはり君の魔石はすごいな。しかし……研究していただけなんだろう? 倒れるなんて、何か危ない実験を行ったりしたのか?」
「いえ。普通に魔石を砕いたり、混ぜたり煮込んだりしてただけなんですが……」
そう伝えると、ルヴェール様は何か考え込んでいるようだった。
「なあ。君は昨日、能力鑑定を受けたことがないと言ったが……魔灰の分別や魔石の再生は君の特殊能力で、君の魔力を消費しているんじゃないか? それで、消費しすぎて休眠状態に陥りかけていたのかもしれない」
なるほど。私は平民の子なので、自分に魔力があるなんて思っていなかったけど、もしかしたらそういう可能性もあるかもしれない?
「すまない。君から目を離すべきではなかった」
「ルヴェール様が謝ることではありません。そもそも昨日、ギルドで鑑定を受けようと言われたのを、断ったのは私ですし」
「いや。安全のために、事前に君の能力を判明させておくべきだった。これは俺の責任だ。……君を危険な目に遭わせた。本当に、すまない……」
「い、いえ、ですから。あなたのせいではありませんので……」
なんだろう。私よりむしろ、彼のほうが辛そうに見える。
「あ、あの……ルヴェール様こそ、大丈夫ですか? どこか痛いんですか?」
「どこにも外傷はないよ。ただ……苦しんでいる子どもを見るのは、もうたくさんだ」
「!」
その言葉で、察する。
「フェリル様が、呪いで苦しんでいるのが……ルヴェール様も、お辛かったんですね」
「ずっと苦しみと戦って、頑張ってきたのは、フェリルだ。……ただ、何もできない、無力な自分が嫌だった」
「ルヴェール様でも……自分が嫌だなんて、思うことがあるんですね」
「……『でも』ということは、君も自分が嫌いなのかな」
「ええ、そうですよ」
私は人間が嫌いだ。
そんな私も人間だ。人間の嫌な部分から、逃れることはできない。
「なあ、レーラ」
「なんでしょう?」
「フェリルが命を落としかけていたあのとき、治癒魔石を使ってくれたのは、あの女性だ。……だが、あの魔石を生み出してくれたのは、君だろう。……だから君も、俺とフェリルの恩人なんだよ」
「…………」
「君が自分のことを嫌いでも、俺は君のことを好ましく思う」
私は、お世辞や上っ面の言葉が好きではない。
裏では何を考え、何を言っているのか、わかったものではないから。
前世で友達だと思っていた人が、陰で私の悪い噂を流していたこととかも、一度ではなかったし。
でも、ルヴェール様は……。
悪い人じゃ、ないのかも……。
「ありがとうございます、ルヴェール様」
私がそう言うと、彼はにっこりと優美な笑みを浮かべた。
「おや。ここは『私もルヴェール様のことが好きです』と言ってくれる場面じゃないのかな。ふふ、期待していたんだけどなあ。なんなら今から言ってくれてもいいんだよ?」
前言撤回。やっぱりこの人は、なんか鬱陶しいです。





