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2・捨ててやるとのことですけど、こちらから捨てて差し上げますが?

 母さんは、静かな声で言った。


「言いたいことはいろいろあるけれど……子ども達の前でする話じゃないでしょう」


 母さんの声はまだ微かに震えていて、自分の感情を必死に制御しているような……怒鳴りつけたいのを我慢しているようだった。


 それはきっと、私や双子の前だから。

 子どもの前で、大人の汚い話を聞かせたくないと思ってくれている。

 こんな状況で、母さんだってすごく辛いだろうに、私達のことを一番に考えてくれているんだ。


「エリー、君のほうこそ。子ども達が見てるんだぞ? そんな顔しないでくれよ。笑ってお別れしようじゃないか。そのほうが子ども達のためだよ」


 母さんと対極的に、父さんは、子ども達の前なら母さんから口汚く罵られることはないと、わかったうえで言っているみたいだった。


 私達のことは、子どもではなく、自分が怒られないための盾として利用しているだけ。

 どこまでもやることが汚い父さんも、それを止めない女にも、腹が立った。


「ふざけんな」


 気付けば私は、怒りをそのまま口にしていた。

 母さんが、私達のために怒らないでいてくれているというのなら、私が怒る。


「私達はずっと、父さんのことを心配してたのに。その間、父さんは私達のことを考えもせず、その女とイチャイチャしてたんだ。私達のことをなんだと思ってるの。どうして、人の気持ちを踏みにじって、そんなふうにヘラヘラしていられるの⁉」

「やめて! 彼をいじめないで!」

「……は?」


 ずっと父さんに肩を抱かれていたリヒューティが、父さんを庇うように前に出てきた。


「そもそも、あなた達が悪いんでしょう?」

「………………はい?」

「彼は、ずっと家族が冷たくて、寂しかったと言っていたわ! 彼から話は全部聞いているの。あなた達は家族なのに、彼のやることを否定してばかりだったそうじゃない。かわいそうに!」

「家族を蔑ろにして酒に溺れたり、賭博で借金したりしていたのは父さんです。家族として注意することは、そりゃあありました。当たり前でしょう」


 人に迷惑をかけなければ、どんな生き方だって自由ではある。だけど父さんは、実際に家族に迷惑をかけていたのだ。


 周囲のことを考えず何もかも自分の自由にしていたいなら、独り身でいればよかったものを。家庭を持ち、人の親となる決断をしたのは父さんだ。それでいて好き勝手ばかりしていたのだから、それは注意されるだろう。


「彼はあなた達にいじめられて傷ついて、だからお酒や賭け事で自分を癒していたのよ。あなた達はいつも、彼を罵倒したり、粗末な食事ばかり与えたりしていたんでしょう⁉ 彼の心は本当に弱っていたの! あなた達は酷いわ!」

「…………」


 私達は、父さんを罵倒したり、粗末な食事を与えたりなんてしていない。

 素行について注意をしたり、お酒やジャンクな食べ物ばかり好む父さんのために、健康的な食事を多くしたりすることはあった。おそらく父さんは、それを誇張して話していたのだろう。


 妻が酷い仕打ちばかりする。子ども達が冷たくて悲しい。

 だからそんな家族に別れを告げて、優しくて俺のことをわかってくれる君と再婚したい。

 父さんの中では、そういうストーリーになっているのだ。


「彼はかわいそうだわ。私ならあなた達なんかと違って、彼をわかってあげられる!」

「私達は父さんをいじめていません。あなたは騙されているんです。父さんは、自分で全財産を失ったから金を稼ぐと出ていって、半年も家族に連絡をとらず、その間別の女とイチャイチャしていたような男ですよ。そんな人間の言うことを、なぜ信じるんですか?」

「だから、そんな酷い言い方しないで! 彼は傷ついていただけ! 私達は真実の愛で結ばれているのよ! 私は彼を信じてる。悪いのはあなた達のほうだわ!」

「…………」


 おそらく父さんも、不貞が悪いことだというのは、なんとなくわかっている。

 だからこそ自分の罪悪感を誤魔化すために、私達を悪人ということにして、それを裁くことで罪から逃れようとしている。あいつらが悪い、だから不貞しちゃっても仕方ない、自分達は悪くない! と。


 彼女の方も、本当にただ騙されただけなら、被害者とも言えたけど。

 相手が既婚者であると知ったうえで、真実を知らされても聞く耳を持たず一方的にこちらを悪人にして被害者ぶるようなら、ここからはもう彼女の自業自得だ。同情の余地はない。


 母さんがため息を吐き、冷めた目で父さん達を見た。

 もう母さんは、震えてはいない。最初は絶望や怒りがあったようだが、ここまでの父さんとリヒューティの言葉を聞いて、完全に呆れが勝ったようだ。


「もういいです。そんな人、いりません。捨てて差し上げます。離縁届になら署名しますから、早く出ていってください」

「はあ⁉」


 母さんの言葉に、父さんもリヒューティも眉を顰めた。

 いや、何その反応? 離縁してくれって言ったのはそっちだろうよ。

 おそらくこの二人は母さんに、泣いて縋るとか、悔しがるとかしてほしかったんだろうな。自分達のほうが「上」だと思うために。


「長年連れ添ったのに、最後にそんな態度をとるなんて、やっぱりお前は冷たいな。離縁して正解だ! 言われなくても、こんなボロ家出て行くさ! オルデュールの屋敷は、ここよりずっと広くて綺麗だからな!」


 ボロ家って、それは父さんの稼ぎに合わせて家賃を決めたからだろうよ。オルデュールの屋敷が広くて綺麗なのは商会の力であって自分の手柄ではないのに、なんで自慢げなんだろう?


「いや、待ってよ父さん」

「おお、レーラ! やっぱりお前は、父さんがいないと寂しいよなあ⁉」

「そうじゃなくて、慰謝料は? 私達の養育費は? もう二度と顔も見たくないし早く消えてほしいけど、そういうことはちゃんとしてよ。今から役場に行って、魔力契約書を作成しよう」


 私が冷静にそう言うと、父さんは舌打ちしたあと、誤魔化すように笑った。


「いやあ、そういうのは、ちょっとな。ほら、俺にも、愛する人との新しい生活があるし?」

「ちょっとな、って何? そんな曖昧な言葉で誤魔化さないで。父さんにお金がなくても、オルデュール商会なら、お金はあるでしょう?」

「え? なんでオルデュール商会が、あなた達のためにお金を出さなきゃいけないのよ」

「子持ちの既婚者と不貞して、子どもから父親を奪ったんだから、慰謝料を払うのは当然でしょう」

「慰謝料を払うも何も、傷つけられたのは彼のほうよ⁉ それに養育費だって、あなた達は私の子どもじゃないもの! それをオルデュール商会が払う理由がないわ!」


 堂々と胸を張って言われ、開いた口が塞がらない。

 そんな私を見て彼女は、ふん、と笑った。


「ほら。正論だから反論できないんでしょう?」


 正論⁉ それが正論のつもりなの⁉

 言葉が通じなさすぎて、呆れ果てて言葉が出てこなかっただけだよ⁉


「正論言われて黙るなんて、本当に子どもね! 大人には大人の事情があるんだから、生意気なこと言うんじゃないわよ」


 私は中身こそ成人してるけど、この世界では子どもなわけで。この人、そんな子ども相手に勝ち誇って恥ずかしくないんだろうか。


「……そうですか、正論ですか。では、私も正論を言って差し上げますね」


 怒りも呆れも通り越し、もはや乾いた笑いしか出てこない。

 私は笑顔のまま、言った。


「相手が既婚者で、子どももいると知っていながら手を出すなんて、すごい神経ですね。人の家庭を壊しておいて被害者面できるってどういう思考回路なんでしょうか。それだけでもどうかと思うのに、よりにもよってその子ども相手に心ない言葉をぶつけるなんて、恥ずかしい人間ですこと。私、あなたのような大人には絶対になりたくありません」

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