1・掃除人「灰のレーラ」
「うわー、今日もやってるよ。ゴミ集めとか、きったないよなあ」
仕事をしていると、人々がヒソヒソ話す声が聞こえてくる。
「底辺の仕事だよね~。私には絶対無理~」
私の仕事は、掃除人だ。
主な仕事内容は、街中のゴミを集めて分別し、所定の場所へ運ぶこと。
ただ、この国において掃除人は、最下層の仕事とされている。
「あんな仕事しなきゃ生きていけないなんて、かわいそうになぁ」
(……かわいそう、か)
それこそゴミを見るような視線に晒されながら、思う。
この、掃除人という仕事……。
私にとって、天職である!
何を隠そう、私、レーラには前世の記憶がある。
前世の私は、新卒で接客業をしていたものの、度重なるカスハラにより、精神が削られた。そのうえ職場の人間関係も最悪で、人が怖くなり、二年で退職した。
働かなくては生きてゆけない。しかし、もう二度とクレーマーに延々と怒鳴られるのはごめんだったため、清掃の仕事なら接客しなくていいのでは? と思い、清掃のパートを始めた。
それが、私には合っていた。
黙々と、掃除さえしていればいいのだから。
確かに、清掃の仕事は大変な面もある。空調のある現場じゃないと夏場は地獄だし。汚い場所、トイレだって毎日掃除する。
だけど別にトイレは怒鳴らない。単にストレスをぶちまけたいだけのような、意味不明なイチャモンをつけてこない。
便器さえ磨いていれば人間と会話しなくていいんだぞ! 前の職場で人間不信になった私にとって、最高の仕事といえた。
そんなわけで前世の私は清掃のパートを長年続け、やがて正社員になった。まあお給料は少ないんだけど、いくら高給でも精神を壊してしまったら意味がない。将来は不安だが細々と堅実に暮らし、娯楽としては無料のネット小説を読む。そんな毎日を送っていた。
だけどある日、通り魔殺人によって私は人生を終えた。
やっぱり人間は怖い。人間よりゴミのほうが百倍マシ。
そんな私は、気付けば異世界に転生していた。前世でネット小説をよく読んでいたおかげで、異世界転生の知識があったため、すぐ状況を呑み込めて助かった。
異世界転生といえば王族や貴族に転生するのがポピュラーだけど、私は平民として生まれた。それで、私はこの世界では十歳だけど、今は掃除人として働いているというわけだ。
(いや~でも、定番の悪役令嬢とかに転生しなくてよかったぁ)
破滅エンド確定の悪役に転生したくないというのはもちろん、私は、王族や貴族なんて絶対ごめんだ。
だって令嬢なんて、社交が大変に違いない!
嫌だ! 貴族の上下関係とか腹の探り合いとか、ドロドロした人間関係は絶対ごめんだ! 小説として読むぶんには大好きだけど、断じて自分がそうなりたいわけじゃない! フィクションと現実は別です。
幸いこちらの世界での家族は、概ねいい感じの人達だった。冒険者の父さんに、冒険者ギルドで受付の仕事をしている母さん、あとは双子の妹と弟。五人家族だ。
概ね、というのは、母さんは優しいし双子もいい子なんだけど、父さんはちょっと問題のある人だった。
父さんはちゃらんぽらんで、お酒とギャンブルが好き。賭博に耽った結果、我が家の貯金を全額を失ってしまったのだ。そして「賞金のかかった魔獣を狩って大金を持ち帰る!」と言って旅に出たまま、もう半年ほど帰ってこない。なんの便りもない。魔獣に殺されたのか、逃げたのかさえわかっていない。
母さんはギルドの受付という安定職に就いているため、父さんがいなくなっても家庭が崩壊するわけではないけれど、なにせ父さんが貯金を使い果たしてしまったうえ、双子はまだ小さい。だから、私も働くことにしたのだ。
私は十歳だけど、前世では大人だったし、掃除の仕事は嫌いじゃないし。
それに――前世の私は家族とも上手くいっていなかったけど。この世界の母さんと双子は、優しくて温かくて、愛おしいと思えるんだ。
ゴリゴリの人間不信だった私に、こんな感情を抱かせてくれた人達なのだ。少しくらい役に立ちたい。だから私は、今日もゴミを集める。可愛い妹と弟の将来のために!
(お、魔灰がいっぱいゴミに出されてる)
この世界には、ネット小説の定番のように「魔石」というものがある。
火や水の魔石が最も一般的で、それらを用いたコンロや水洗トイレ、お風呂などもあり、異世界とはいえ文明レベルは高い。他に風や氷の魔石などもある。
魔石というのは、古代の魔法生物の死骸が、石となったものらしい。だから、元となった魔法生物の属性が火なら火の魔石、水なら水の魔石になっているのだという。
他に、どの属性にも当てはまらない「特殊魔石」というものもあるらしい。とても希少だが、「治癒魔石」とか、「変化魔石」なんてものもあるそうだ。
……ともかく。そんな魔石の、魔力が空になった状態のものが「魔灰」と呼ばれ、穢れたゴミとして扱われる。
魔力を宿している魔石は宝石のように美しく、火の魔石なら赤、水の魔石なら青、それぞれの色に輝いている。
だが魔力を使い切ると、全て灰色と化す。この世界では灰色は不浄の色とされているため、魔灰は皆すぐに捨てるし、誰も触りたがらない。
「あいつ、また魔灰をあんなに集めてる! きったね~」
「汚い汚い『灰のレーラ』だろ? ああはなりたくねえよなあ」
同い年くらいの男の子達が、ニヤニヤと私を見て笑う。
まあ、前世の私から見たら幼い子どもだ。別に腹も立たない。
元の世界のクレーマーや同僚達は、もっとエグイ罵倒で私の心を抉ってきたからね! その程度の侮辱、ぬるいぬるい!
(にしても、魔灰ってそんなに嫌なもんかねえ?)
魔灰は別に臭いわけでもない。無臭だ。皆が便利に使っている魔石が灰色になっただけ。
(この世界では灰色が不浄の色っていうけど、アッシュグレーっていい色じゃんねえ? 異世界の価値観ってよくわかんないな~)
この世界の掃除人は誰もやりたがらない仕事だけど、誰かがやらねばならない仕事なのだ。おかげで常に人手不足なため、人を集める苦肉の策なのか、お給料はそう悪くはない。
いやあ、この世界でも私にできる仕事があって本当によかった!
ガタゴトと荷車を押し、その後もゴミを集めながら歩いたのだった――
◇ ◇ ◇
「ただいま~……って、あれ⁉」
仕事を終え、家に帰ると――懐かしい人の姿があった。
「父さん⁉ 生きてたの⁉」
冒険に行ったまま行方不明になっていた、父さんだ。
もう二度と会えないと思っていたから、さすがに感動する。
父さんも、ニコニコ笑って私の頭を撫でた。
「ああ、レーラ! ひさしぶりだなぁ、ちょっと背が伸びたか?」
「もう、父さん! 今まで何してたの、みんな心配してたんだよ!」
(よかった、父さんが生きて戻ってきてくれた……!)
じんわりと幸せを味わっていたのは、束の間。
ふと、母さんの顔が暗いことに気付く。
そして、父さんの存在に気をとられて、今まで気付かなかったけど。
父さんの隣に、若く綺麗な女の人がいる。
――指先まで冷えるような、嫌な予感がした。
「あの、父さん……こっちの人は、どなた?」
父さんはまったく悪びれることなく、その女性の肩を抱いた。
「ああ。この子はリヒューティと言ってな。父さんの大切な人なんだ」
「……大切な友達、ってこと?」
「いやぁ、その……半年前、父さん、魔獣に襲われてる彼女を助けてさ。そのとき俺、ちょっと怪我しちゃったから、彼女の家で世話になってたんだ。あ、彼女の家ってのがすごいんだよ! なんと、あのオルデュール商会だぞ⁉ この国一番の大商会だ。彼女はそこのお嬢様ってわけ。実家が金持ちなうえ、こんなに美人だなんて、最高だよな~」
父さんは喋っている間、ずっとリヒューティさんの肩を抱いたままだった。そしてニコニコと笑ったまま、母さんに言い放つ。
「そういうわけで、エリー。俺と離縁してほしくて」
私は、絶句してしまった。
ちゃらんぽらんな人だとは思っていたけど、まさかここまでだったなんて。
私は基本的に人間を信じないから、確かに逃げた可能性もあると思っていた。だけど、本当に魔獣に殺されてしまった可能性や、事件や事故に巻き込まれた可能性も考えて、心配していた。
母さんや双子は、もっと心配していた。それでも「いつか父さんが帰ってきて、また皆で笑って暮らせるようになる」と信じて、一生懸命生きてきたのに。
なのに父さんは、妻や子どもの前で、他の女の肩を抱いてへらへらと笑っている。
(ああ……やっぱり、人間はゴミだ)
いや、ゴミの方がマシだ。ゴミは何も喋らない。こんなふうに、人を傷つける言葉を吐き出さない。
母さんも絶望している様子だけど、それでもなんとか現状をもっと理解しようと、震える声で父さんに尋ねる。
「……待って。そもそも、生きていたなら、どうしてもっと早く帰ってこなかったの」
「それは……俺とリヒューティは出会ったときから、真実の愛を感じて惹かれ合っていたんだけど。俺だって既婚者として、ちゃんと悪いって思ってたんだぜ? だからそのー、お前らに会わせる顔がなかったし、自戒の意味も込めてっていうかさぁ……」
(……ぐだぐだ言い訳してるけど、ようは私達に責められるのが嫌で、逃げていたかったんでしょう)
「でもやっぱり、リヒューティと結婚するなら、エリーと離縁しなきゃならないし。男として、ちゃんとけじめをつけようと思ったんだ!」
「…………ふざけないで」
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