12・公爵邸にお招きされました
私はルヴェール様を自宅に招いて、魔石の再生方法を教える代わりに、私達家族を保護してもらう契約の話をすることになった。
母さんも交え、いろいろと話をしたのだが……。ルヴェール様が、こんなことを言い出した。
「君達、レヴァイゼ邸に来ないか?」
「――はい?」
「俺は今後、魔石の再生事業を興そうかと考えている。そのために、再生技術を開発した君と家族は、ぜひ我が屋敷に来るといい。歓迎する」
にっこりと、芸術品のような微笑を浮かべるルヴェール様。恐ろしいことに、冗談を言っている雰囲気がない。
「ははははは、何をおっしゃるのやら。ルヴェール様ってば冗談がお上手なんですから」
「おや、レーラ。そうやって笑った顔も可愛いね」
私の五百倍は優雅な笑顔でそう言われ、思わずスンッと真顔になってしまう。もう、この人の前で笑うのやめようかな。
「先日、ここの領地の領主とも話をつけた。今後この街は、オルデュール商会から何を言われても、君達に害を及ぼすことはない。だがリヒューティに命令されてやったこととはいえ、君達家族がこの街の人間から邪険に扱われていたことは事実だ」
まあ、それはそう。生まれ故郷とはいえ、この街自体に未練はない。そもそも「掃除人だから」というだけの理由で私を見下していた人達だ。今は何もしてこなくても、また何かきっかけがあれば、彼らは簡単に私達を攻撃してくるだろう。
「それに、家が知られてしまっている以上、またトラッシュ達がここに来る可能性もある。この流れだといずれ、トラッシュがリヒューティと離婚して、『また俺とやり直してくれ!』と言ってくる可能性も高いんじゃないかな」
「……それは、確かに……」
へらへらと、悪気なんてなく「俺達、昔はすれ違っちゃったよな……だけど全部水に流して、また家族に戻ろう! 幸せになろう!」なんて芝居がかった言葉を吐くのが、目に浮かぶ。考えていると頭痛がしてきそうだ。
「もっとも、君達がトラッシュと家族に戻ることを望むなら、俺は口出しできないが……皆、気持ちはどうだろう?」
ルヴェール様に聞かれ、母さんはにっこりと微笑んで答えた。
「まあ、ふふ。トラッシュへの気持ちは、もう欠片もございません。たとえ彼から再婚を申し込まれても、絶対にお断りです」
母さんの言葉に、私も双子も全力で頷く。あんな馬鹿みたいな離縁の申し出の時点で呆れていたのに、リヒューティの暴挙を全く止めないどころか、応援してるんだもん。家族としての情だって一気に霧散するわ。
「だろう? ……俺は君達が困っていたら、助けたい。だがここは俺の領地ではないから、俺も常時見張っていられるわけではないし、何かあってもすぐ助けることが難しい場合もあるだろう。その点、公爵邸ならセキュリティも万全だ。他のどこよりも安全で快適な生活を約束するよ」
それはありがたい。ありがたい、けど……。
「なぜ、私達にそこまでしてくださるのです? ルヴェール様は、全ての困っている民を、同じように公爵邸に招待するのですか? そうしていたら、いくら大きなお屋敷でも、すぐ人で溢れてしまいますよ」
「大前提として、貴族はノブレス・オブリージュに基づいて平民を保護するものだ。自国の民が困っているなら、その問題を解決するため動くべきだ。かといって君の言う通り、全ての民を公爵邸に招待するわけではない。ようは、君が特別ということさ。魔石の再生技術は、世紀の大発見だ。……君は、囲うだけの価値があるんだよ」
(……「囲う」って。はっきり言ったな)
ノブレス・オブリージュなんていうのは建前で、重要なのは後半だろう。
「平民を公爵邸に迎え入れるなど、明らかに怪しいでしょう。他者にどうご説明するつもりなのですか」
「君が望むなら、レヴァイゼ家専属の魔石再生師と公表しよう。逆に目立ちたくないのであれば、表向きは公爵邸の使用人ということにでもするよ。どちらがいい?」
「目立ちたくないので、後者のほうがありがたいですね」
「そうか。他にも君が不安に思うであろうことは、全て魔法契約書に記しておく。例えば、こうして……」
ルヴェール様は紙とペンを取り出し、さらさらと契約書を作成してゆく。さすがは公爵様、書類仕事はお手のもののようだ。
(だからといって、公爵家ってのはなぁ。……正直、お貴族様とは関わりたくなかったんだけど……)
考え込んでいると、今まで黙って話を聞いていた双子達が、目をキラキラさせて私を見る。
「ねえ、姉さん。お貴族様のお屋敷で暮らせるの⁉」
「うまいごはん、いっぱい食べられるかな⁉」
「うっ……」
まだルヴェール様の提案を受けると決めたわけではないのに。そ、そんな目で見られたら、断りづらいんですけど。
「落ち着いてよ、二人とも。別に今だって、悪い生活をしてるわけじゃないでしょう?」
「レーラ。私はルヴェール様のお話は、とてもありがたいと思うわ」
「母さんまで……」
「ルヴェール様の言う通り、トラッシュはまた私達のところに来るだろうし、街の人達だって私達の味方じゃない。ここから離れて安全な場所で暮らせるなら、それに越したことはないわ。……これ以上あなた達を、嫌な目や、危険な目に遭わせたくないの」
「母さん……」
母さんだって、愛した人に裏切られて日が浅いし、環境を変えるのは不安もあるだろうに。それでも、私達を守りたいという想いを感じる。くぅっ、家族の絆に泣いてしまいそうだよ。
「逆に、姉さんはどうして嫌なの? 綺麗なお屋敷に、おいしいごはんが待ってるのに!」
妹のデリアが、無邪気に首を傾げる。
「うまい話には、落とし穴があるものなんだよ」
人間、楽をしようとすると罠にはまる。人生はゴミ拾いのように、コツコツと堅実にやるのが一番なのだ。
すると、母さんが再び口を開く。
「私も、甘い話をすぐ信用すべきではないとは思う。だけどルヴェール様が作成してくれたこの魔法契約書は、必要なことは全て記載されているわ」
冒険者ギルドの受付の仕事をしているだけあって、母さんは書類関係の知識には強い。
母さんもトラッシュの一件で懲りたのだろう。最初は、ルヴェール様への警戒心のようなものも感じられた。優しい母さんだからトラッシュみたいな駄目人間でも見捨てられなかったんだろうけど、私達子どもを守るために、それではいけないと思い知ったようだ。
母さんは最初から今回の話を警戒し、それでもなお、書類とここまでの話で、ルヴェール様は信用に値すると判断したらしい。……そもそも、公爵様なんだから契約なんて言わず命令すればいいだけなのに、こうして私達を対等に扱い、契約書まで用意してくれるだけでも破格すぎる。
「まだ会ったばかりで、怪しいと思うのは当然だろうな。だが俺は、君達家族に幸せになってほしいんだ。今すぐ信用するのは難しくとも、これから少しずつ、俺のことを知ってほしい」
「あくまで契約相手なのですから、契約さえ守ってくれれば、別にお互いを知る必要はありませんが」
「はは、そう言わないでくれ。俺の愛しい人が言ったんだ、平民にも優しくしてほしいと」
「ぐはっ!」
「彼女の言葉通り、俺は今後、困窮している平民の力になりたい。その第一歩として、君達をもっと知りたい。これも愛だよ、愛」
「ソ、ソウデスカ……」
そう言われてしまうと、何も言えなくなってしまう。なぜなら、私が原因だから。ああ、あんな余計なこと言うんじゃなかったっ!
結局私達は、この二日後、一度レヴァイゼ邸に見学に行くことになり――
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